いつからかなんて、詳しいことはなにも覚えてない。ただへらへらしながら何度も何度も寄ってくるあの人に慣れてしまっただけだとも思っていた。どうして自身のことなのにこんなにも疎いのか。どうして僕よりも先にスネイプ先輩が気付いたのか。どうして寄りによって、グリフィンドールなのか。 「レギュラスくん!」 そう言いながら駆け寄ってくるハナコさんが転びやしないかとドキドキしながら、いつもどおり「何ですか」と返す。何でもないのが彼女の常だった。見かけたら声をかけて、並んで歩いて、会話をして。話題は後から付いて来るものだと思ってきた。そう思っていても、何の問題も起きやしない、だからそれが当然だった。 当然だった。 「レギュラスくん、あのね」 「?」 「私、あのね」 ハナコさんの目は黒いガラス玉だった。僕を写すのに、網膜に通そうとしない。ただただ黒色の瞳は僕を写し、反射していた。それがハナコさんの意志だったのかどうなのか、僕にはまるでわからない問題。 「あの…ね」 「あのね、しか言っていませんよ。一体どうしたんですか?」 ハナコさんは黙った。やっぱりいつものように話題なんか無かっただろ。僕の頭がそう言い聞かせてくる。僕だってそう思いたい。思いたいのに思えない。僕の思考なのに、操れない。 「あのね、言いたい…くはないんだけど、いっ、言わないといけないことがあって」 嫌だ、聞きたくない。ハナコさんが今から一体何を言うのかわからない。でも聞きたくない、嫌だ、いやだ、イヤダ。 「私のパパとママはや、闇祓いでしょ?それでね、その、もっもうブラック家と、関わるなって…そっ、それでね私…」 ガラス玉は濡れていた。僕はハナコさんの言葉をこぼすことなく受け止めた。それでもガラス玉から流れるモノは、レギュラス・ブラックには受け止めることを許されなかった。 「…兄さんは?」 「…え」 「シリウスだってブラックでしょう?」 「シ、シリウスさんは、今、関係な、い…」 「僕とほとんど同じ血が流れているのに?」 ガラス玉はガラス玉じゃ無くなっていた。僕を捉えて網膜に写すのに、涙が邪魔をした。 「ふざけるな」 「レギュラスくん…っ!」 「名前を呼ぶな、近寄るな、視界に現れるな!」 「や、だ…」 「泣くな…!ヤマダの血を裏切るのか?由緒正しい、混血の、穢れた血を!」 「穢れた…血」 「はやく消えてしまえ!僕と話したことを直々に君の親に伝えたって良いんだ!君はどうなる!?僕ごときのために叱られるのか!?」 「違う!レギュラスくんのためじゃない…」 「だったら何だって…!」 黒い瞳が僕に近付いて、抱きしめた。暖かい。体が、胸が、僕の目が。 「好きでいたかったんだよ…」 「…馬、鹿」 もう一度、罵って突き放してやりたかった。それなのに、侮蔑の言葉なんか、口から漏れるどころか思いつけすらしなかった。黒い瞳の混血を、強く抱きしめて一緒に泣いた。情けないだなんて思わない。ただただ声を上げるだけ。涙を止めようだなんて、これっぽっちも思わない。 「レギュラスくん、最後にお願いがあるの」 「…何ですか?」 「あのね、」 心中 「オブリビエイト」。僕たちが交わした最後の言葉。幼い僕たちの、精一杯の心中。 end. 20110103 |