Novel

□勿忘草色 -forget-me-not-
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 同じ顔、同じ声、同じ歳の、妹。それでも私はあの子にはなれない。どれほど乞うても。ひどく餓(かつ)えても。
 長い長い溜息が、冷め切った部屋を揺らす。ロウソクの明かりが小さく震えた。とろり、と融けだした原色の雫が、細いロウソクの側面を伝いクリームを汚す。長針が、音もなく十一の文字盤を越えた。

もう、覚えてもいないのだ。

 紺菜は、自らの体を抱きしめた。
 もう、覚えてもいない。十年前に失った、かけがえのない半身のことを。
 覚えているのは名前と、そして存在したという事実だけ。
 いくら同じ顔をしていたとしても、時間の流れは鏡の中の紅葉(くれは)を別の女性へと変えてしまった。あの子がどんな風に笑っていたか。どんな話をして、何に興味を持っていたか。あの子がどう生きていたかが、すっかり抜け落ちてしまっている。長い時間をかけて、或いは、あの子の死を知った瞬間に。
 いや。そもそも私は、最初からあの子のことを何も知らなかったのかもしれない。空気のように、影のように。隣にいるのが当たり前だった。特別意識することなんて、一度もなかったような気がする。

 私のこと、薄情だと思う?
 ケーキの真ん中に鎮座しているチョコレートのプレートに、紺菜は軽く問いかけた。口元が歪む。自然と、苦い笑みを浮かべていた。

 貴女が傷を負った時、全く気がつかなかった私を。貴女が苦しんでいる時、傍にいるのを拒んだ私を。貴女の命が喪(うしな)われた時、涙すら流すことができなかった私を。
 貴女は最低だと思うのでしょうね、と。

 ふるり、と肩が震えた。何度問いかけても答えは返ってこない。いっそ声高に罵って欲しいのに。
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