Novel

□勿忘草色 -forget-me-not-
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 深い夜。暗い部屋。冷たい月光の中、溜息、ひとつ。
 明かりを消した部屋の中で、紺菜(アオナ)は独り蹲っていた。紺菜を包むのは、痛いほどの静寂。単調に響く秒針の音に、静けさは一層深まっている。かち、かち、と、ひたすら一定のリズム打つ音は、時の流れだけでなく紺菜の存在すらも切り刻んでいるようだ。
 しゅ、と、微かな音を立て、紺菜は小さなマッチに火をつけた。紺碧の部屋の中、淡いオレンジが小さく灯る。照らし出されたのは小さなケーキだ。“ハッピーバースデイ”という文字の入ったチョコレートのプレートが乗っかっている。
 時計の針は、二十三時五十分を過ぎていた。あと十五分程で、紺菜は二十一回目の誕生日を迎える。ケーキには、十本のロウソクが立っていた。

「紅葉(クレハ)・・・」

 と、小さな声が紺菜の口をついた。祈るように零れてきた言葉。呼ばなくなって久しいその名は、意外にもすんなりと唇に馴染んだ。

 同じ顔、同じ声、同じ歳。今はもう間近で見ることはできないけれど、鏡を覗けば容易く手に入る、姿。
 自分の身と同じくらい大切だったはずの、己の半身。

 柄の短くなったマッチで、紺菜はロウソクに火を点(とも)した。ちりちりと、爪の先に焦げ付く熱が伝わる。幾つもの明かりの粒に、暗がりの中からぼんやりと時計が浮かび上がった。長針は、ゆっくりと十一に近づいている。
 何の感傷だろう。嘲笑する代わりに、紺菜は抱えていた脚を崩した。こんな姿、決して人には見せられない。ゆらゆらと揺れる灯火に照らされて、暗がりに落ちる影もくらくらと揺れた。

 大人びてしっかりした子だね、と、ずっと言われ続けてきた。
 笑顔が似合う元気な子だったと、いつか誰かが言っていた。
 どれだけ外見は似ていても性格は真反対の姉妹だったから、容姿が似通っている分比較されるのは当然だった。それでも、与えられる賞賛の言葉の違いになんとなく理不尽さを感じていた。


『紺菜ちゃんは、手がかからない良い子だね。』
 (一人で大丈夫だと、私は一言でもそう言ったか?)

『紅葉ちゃんは、明るくて気立てが良いね。』
 (あんなの、ただ賑やかなだけじゃないか。)


 幼いながらも妬んでいた。おぼろげながらも憎んでいた。どれだけ不毛なことかなんて、自分が一番分かっていた。
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