Novel

□薄明り
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遠く広がる星海の下
遥か続く凪いだ水面

宵闇にきらきらと銀の煙を溶かし込みながら
澄んだ水鏡の上を、まるで夢のように蒸気機関が過ぎてゆきます

静かに静かに、波音もたてず、
まるで、孤独な旅人のように

次の駅を告げる汽笛が、ひとつ、寂しげに上がりました





 その機関車の一席に、彼は腰を下ろしていました。
 傍らに、一人の従者をひきつれて。
 腕を組み、目蓋を閉じたその姿は、まるで瞑想をしているようでもありました。

「・・・次の駅のようですね。」

 寂しげな色を残し消えていった汽笛に、従者がぽつりと呟きました。
 しかし、男は目蓋を降ろしたまま黙っていました。
 従者は、悲しげに目を細めると、窓の外に視線を移しました。





月明かり 星明かり
宵の空を白く照らして

薄明かり 仄明かり
照らされた帳の下を、旅人たちはただ進み往く





「なぜ、俺につき従うのだ?」

 それまで口を開かなかった男が、独り言のように従者に尋ねました。
 従者は驚き、弾かれたように男の顔を見ました。
 男の羽織っているぼろのすき間から、古びた鎧が姿を覗かせていました。

「俺にはもう、財産も地位も何もない。人を従えられるような人間ではないんだ。」

 従者から目を逸らして、男はそう続けました。
 自分を嘲るような声色に、従者は顔を歪めました。

「構いません。・・・私は、軍人である貴方に従っていたのではないのですから。」

 従者のまっすぐな一言に、男ははっと顔を上げました。

 戦場で勝ち名乗りを上げていた時も、戦争に負けて全てを失った時からも、
 変わらず自分に付き従ってくれたのは彼だけだったと、男は今になって思い出したのです。

 そのまま、男は再び目を閉じました。
 車内には、蒸気機関の走る音だけが、ただただ響いていました。
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