novel*鋼錬

□香水とほんの僅かな煙草の香り
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ロイ・マスタングが大総統に着任してから早くも1年が経った。ブラットレイ前大総統が失脚して1年とも言える。
俺と大佐…今は大総統であるロイは、現在でもその銘を返上していない。
大総統直属の部下である俺は、勝手気ままに無人の大総統室へ入って、大きなデスクの黒皮の大きな椅子に深く腰を掛けた。おー、沈む沈む。
背中を深く沈めたまま椅子で遊んでいれば訪れて来る睡魔。仕方ない。だって日差しは暖かくゆったりとした時間が流れているのだから。
書類が積まれたデスクに上半身を倒して襲ってくる睡魔に、俺は意志を飛ばした。



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腕あたりが少し寒いと思って意識が浮上していく。
視界の中は意識を手放した時より幾分か暗くなっていて、1時間は経ってしまったのだろうと推測した。部屋の主はいない。
完全に目が覚めてしまったから、デスクの上の書類を漁ってみる。たまに、俺でも処理出来る書類が紛れているのだ。

「あれ?」

デスクの上には書類の山がみっつ。二つ目に取り掛かった時に、山の一番下に見知らぬ白いA4サイズの封筒があることに気が付いた。
大総統への手紙は基本的に直属の部下である俺が一度確認するからロイが個人的に入手したものだろうと思い手に取る。下にプリントアウトされた文字を見た瞬間、顔に熱が集まるのを感じた。

「あんのっ、バカッ!」

【セントラル教会】
所謂結婚式のパンフレットだった。
中身を覗いてみても、やはり教会のソレで、白い教会の前で幸せそうなウェディングドレスを着た女性と白いスーツの男性だった。
まさか俺にやらせるつもりか。
釈然としないが、俺とロイはソウイウ関係にある。
まだブラットレイが大総統だった時は冗談で済まされたものの、ロイは大総統着任8ヵ月後にアメストリスの法律のひとつである同性婚を認めさせた。
寧ろ今まで大人しすぎたのだ。ハボックにもそろそろだねと冷やかされ続けて4ヵ月。ロイにしてはゆっくりだったのだ。
もし、ロイが本気ならば俺はどうすべきなのか。そう、考えていたら重厚な大総統室の扉が開いた。

「鋼の、来ていたのか」
「おう」

大総統室の主であり、現大総統であるロイ・マスタングその人だった。
ロイは俺の手の中にある白い封筒に気付いて、何とも言えない曖昧な笑みを浮かべた。

「見つかってしまったか」
「仕事って訳じゃねーよな」

ああ。とロイが答える。革靴の無機質な音を響かせながらデスクの反対側にロイは立ち止まった。

「嫌かい?」
「さぁ、何のことらや」

俺は知らない。と言うようにロイの端正な顔から目を逸らした。
ロイは苦笑して、大きなデスクを回って俺のすぐ傍に跪いた。俺の手を掬い取って。

「私と、結婚してほしい。ずっとずっと、私の傍にいてほしい、鋼の……エドワード」

真っ黒な瞳は真剣なそれそのもので一点の曇りもない。
俺は、その瞳を見るとどうしようもなく欲情する。俺も可笑しくなったと思わない?
掴まれている手をちょいと引っ張ってロイを立ち上がらせる。その体を俺の腕に閉じ込めた。

「エドワード?」

どうしたのかと、ロイは尋ねるが俺は腕に力を込めるだけで何も答えない。
抱き込んだ頭の黒い艶のある髪に鼻を埋めて大きく息を吸った。香水の香りとほんの僅かな煙草の匂いが鼻孔を擽る。
鼻や頬や瞼に張りのある髪が当たってチクチクする。

ああ、どうしようもなく愛しくなるんだ、この男が。

抱き込んだ頭を上に向かせて、その唇にキスをして。

「大総統直属の部下として、ロイ・マスタングの恋人として…生涯お前を支えてやる」

自ら深い口付けを交わした。





――その1ヶ月後、静かで客の少ない結婚式は、セントラルの郊外でひっそりと行われた。





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