06/19の日記

23:44
『死因:虹による中毒死』
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俺の隣人は変わり者だ。見た目は男らしさにこそ欠けるものの、中々御目に掛かれない程度には美形だ。だがしかし、その顔と足し引きしても尚−値を叩き出してしまう程に奇矯な青年だった。今だって洗面器に並々と張られた水に台所に置いてあった「一回でよく落ちる」が煽り文句の中性洗剤を豪快に継ぎ足している。只でさえ、表面張力の力に頼って均等を保っていた洗面器の中身が暴力的なまでに横暴な行為により、耐えきれず断末魔を上げた。洗剤混じりの水道水がアスファルトに流れ出す。犯人であり変わり者である真樹は無表情でその様子を眺めながらカチッと小さな音を立て、洗剤の蓋を閉めた。洗剤を地面に置くと今度はストローを手にする。ストローの先は蛸の足の様に広げられている。誰しもが幼い頃に一度はしたことがあるだろう。シャボン玉を吹く為に改造されたストローだ。

「新藤啓介」
真樹は俺の名をいつもフルネームで呼ぶ。知り合ったその日からずっとこうなのだから筋金入りだ。最も、こだわりがあるのか無意識なのかは知らないが。
「上手にシャボン玉を作る為のコツは洗剤を泡立てないことだ」
俺の方に目線を送るどころか俯いたまま言い終えた真樹は、言葉の通り慎重に混ぜ始めた。そんな慎重さがあるのならば先程の洗剤を注ぐ際に発揮して欲しかった。いや、まず水を注ぐ量から考えなくてはいけない。
ストローの端を完成したシャボン液浸し、反対側の端を口にくわえる。真樹が息を吹き込むとストローの端から小さなシャボン玉が幾つも出てきては空に浮かんだ。

「虹」
「は?虹?」
雨も降っていないのに?、と空を仰ぐが当たり前のことながら虹など何処にも見当たらない。ならば、と真樹の視線を追ったところシャボン玉が目に映った。成る程、表面が虹色に光っている。 「新藤啓介。何故、シャボン玉は虹色なのだろうか」
「は?そりゃーー、」
光のプリズムが、と説明しかけて止めた。こいつがそんな簡単なことを知らない筈がない。だとすると、これは問いかけではなく俺という壁を利用した只の独自だ。
「きっと、中に虹が入っているに違いない」
真面目な顔でひとつ頷いた奴は、ぱくりと近くを漂っていたシャボン玉を口の中に閉じ込めてしまった。
「ーーばっ、」
慌てた俺は真樹が着ている無地のTシャツの襟首を掴んで引っ張り上げる。
「何してんだ!この馬鹿!!」
人がこいつのせいで慌てているというのに、当の本人は暢気なものだ。
「何って虹を食べただけだが?」
平然とした顔して言いやがる。
「お前ー、っ、取り敢えず口漱げ。飲み込むんじゃねぇぞ」
どうせ地面がべたべたになるだろうからと予めペットボトルに汲んでいた水を渡すと、真樹は大人しく水を口に含んで、止まった。
「おい?吐けよ?」
微動だにしない真樹に地面を指差し、水を吐き出す様に指示すると、奴は首を横に振ることで拒否を示した。
「あー・・・もう、お前ほんと面倒臭い!」
水道以外では嫌だと頑なに突っぱねる真樹の要望を聞き入れ、俺は真樹の腕を乱暴に引きながら自分の部屋へと引き摺りこんだのだった。























『死因:虹による中毒死』
(新藤啓介、虹は洗剤の味がするのだな)
(だからあれ虹じゃねぇって)

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