小説部門

□生まれて初めてのキスをしましょう
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 どんな嗜好の持ち主であれ、恋愛への興味というのは女性からは奪えないものであるらしい。それは例え現役最前線の死神であっても同じことであるようで。

「ほー、貴様にもそんな初々しい感情があるとはな。そんな顔をして“恋”とは、なかなか可愛いことを言う」

「うるせぇ、顔は関係ねぇだろ顔はっ。つか、何なんだお前は一体…」

 黒崎一護に好きな子がいるらしい、という何者かの悪意すら感じる噂が学年を駆け巡ったかと思うとすぐこれだ。彼女は元々この手の話にさほど敏感なわけではないから、大方いつも絡まれている女子たちにでも吹き込まれたのだろう。それか噂の発信源である(に違いない)水色あたりとか。おかけで普段は落ち着いたら暗紫の虹彩が、今は好奇心からきらきらと輝いている。

「それで、相手の女性はどんな子だ?」
「いや俺まだ肯定してねぇし。いたとしても誰が言うかよ」

 と、まったくもってもっともなことを言うと、相手はむぅ、と何やら不満げな声を上げた。結局ただの噂なのか? とも。

「ただの噂、と言うか…その…」「やっぱりいるのではないか」

 目は口ほどに物を言うのだぞ、と悪戯っぽい目で笑う彼女に、一護は思わず自分の目元に手をやった。

「俺、そんなにわかりやすい目ぇしてたか?」
と問えば、少し笑いを含んだ「さぁ?」という返事。

「テメ、図ったな!?」
「あら黒崎君、どうなさったのかしらぁ? わたくし何も存知ませんことよー?」
「ルキアっ」

 恥ずかしさと悔しさから半ばムキになった一護を愉快そうに笑うと、ルキアはしかしな、と口元の笑みを必死に抑えながらそう切り出し、

「まぁ、相手を追及するのはやめておくか。なら、『告白』をする予定などはあるのか?」

とやっぱりとても愉しそうに笑った。

「告白って、おま……!!」
「それともそこまで大それた勇気は貴様には無いか?」
「だからっ」

 反論しようとして、でもできなくて結局口をつぐんだ。ここまで決定的にこちらに「弱み」がある言い争いなんて初めてだ。まぁ、言い争いと言うにはかなり質が違うのだが。黙っていると相手はますます興味深げにこちらに寄って来て、その暗紫の虹彩で榛の双眸を捉えて言うには、

「そうだ、私が練習台兼指南役になってやろうか?」
「――は?」

またこいつはわけのわからないことを。
 練習台、ということはそれはつまり一護に告白の相手をさせようと言うことで、しかもその相手がルキアなわけならようするに

(む…無茶だろ……!!)

 一護は半ば無意識のうちに口元を引きつらせるハメになった。

 そんな相手の状態に構うことなく、ルキアが愉しそうに口角を上げて笑った。ニヤリという音がまさに聞こえてきそうな感じに。

「……お前、ぜってぇ面白がってるだろ」
「当然だろう、貴様をこんな話題でからかえる機会など、そうそう無いのだからな」

 あっさり認めたルキアとは反対に、一護はまったく面白くなかった。なぜなら面白がれるということはつまりは彼女にとってこの一連の出来事が他人事であるということで、けれど一護に言わせればこの件に関して彼女はまったくもって他人ではないのだ。なのに自分だけがこんなに慌てているなんて――なんだか、ムカつくから。

「……後悔するなよ」

 そう、相手に聞こえるかどうかという大きさの声で呟いて、すぅっと急に真面目な表情になってルキアに対した。

「お、何だ貴様妙に素直だな」

 そんな彼女には返事をせずに、代わりにすっと息を吸う。それから、

「好きです」
「よし」
「もう、無自覚ぶりに翻弄されるのは嫌になりました」
「よ…ん?」
「いつまでもこの立場だとキツイんで」「いち、」

「俺と付き合ってもらえませんかね?」

 え…あ……! なんて意味の無い声を洩らしながら真っ赤な顔でルキアが少し引こうとして、けれど頬をやんわり両手で包まれたせいでそれが叶うことはなかった。更にその真摯な榛に見つめられて、ルキアが動けるはずもなく。

 彼女が我に返るその前に、一護は自分の唇を相手のそれに重ねてみせた。






生まれて初めてのキスをしましょう
(そして貴女は紅葉を散らし、)


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