小説部門

□Name―Why are you alive?―
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「なあ、前から気になっていたのだが」
「何がだよ」
「お前の名のことだ。『一護』の由来は、何だ?」
 休日の昼過ぎ。
 夕飯が出来るまで寝ると決めてベッドに横たわったとき、ルキアに尋ねられた。
「……へ」
 一護は間抜けな声を出し、椅子に腰掛けているルキアをまじまじと見上げた。質問が出し抜け過ぎるし、ルキアからそんな質問をされるときが来るなんて、考えたことが無かったのだ。
「……急に何だよ」
「前から気になっていたと言ったであろう。女みたいな名だからな」
「うるせえな。……女の場合、イントネーションは『苺』だ」
 聞き捨てならないルキアの言葉に一護は、もともと眉間に刻んでいた皺を更に深くして文句を言う。
 ルキアは「すまぬ」と笑いながら謝罪した。
「そこまで気にすると思わなかったのだ。……それより、由来を知りたい」
「……」
 ルキアのあまり反省していない態度が癪に触って、一護は言ってやるものかと固く口を閉じる。
 しかしルキアがせがむ様にじっと見てくるので、しかたなく開口した。
「……何か『一』つのものを『護』れる様に」
「それで、『一護』か?」
「……ん」
 軽く頷くと、ルキアは「ほう」と感嘆の声を漏らした。
「良い名ではないか」
「……」
 一護は何の言葉も返さなかった。名を褒められることは嬉しいが素直に喜べなかった。


「駄目、一護!」
「一護が……こんなに、生きてるのに……!」


 護れなかった人を思い出す度、自分の名は自分に似付かわしくない、相応しくない。そう思ってきたからだ。
「お前にぴったりの名だな」
 だから、ルキアが発した言葉には目を見開いてしまった。
「それに、お前は1つ処か、多くの者を護ってきた」
「……俺は、そんな大層な奴じゃねえよ」
 一護は寝返りを打ち、ぶっきら棒に言った。
「お前が思ってる程、強い人間じゃねえんだ」
「しかし、名に意味が有るのは、良いことではないか?」
 投げ掛けてきたルキアの声は、何処か寂しそうに聞こえた。
「何言ってんだよ。誰の名前にも意味が有る――」
「私は私の名の意味を知らない」
「え……」
 思わず振り返った一護の視線の先には、表情の無いルキアの横顔が在った。
「流魂街の何処かにいるであろう私の両親に聞けば、良いかもしれぬ。しかし、私は物心が付かぬ内に死んだ。だから、両親が誰なのか、分からない」
「! ……あ……俺……」
 まずいことを言ったと思って、弁解の言葉を探す一護に、ルキアは振り向いた。そして笑った。
「大切にしろ。その名を」
 悲しそうな笑顔だと、一護は思った。

 日が暮れた19時半頃。
 夕飯を済ませた一護は、午後と同じく、ベッドに横たわっていた。あの姉弟のことを、思い出しながら。


「各々が美しく、合わせれば更に美しい、お前達の名だ」


 ルキアの言葉を静かに聞いていたとき、2人の顔は、希望に満ちていた。あんなに嬉しそうな顔をしたということは、名が無かった今までが、それ程辛かったということだ。
 寂しそうな顔をした昼間のルキアは、名が無かった頃の姉弟と同じ感情を抱いていたのかもしれない。一護は回想していく内に、そう思った。
 一護は胸が苦しくなって、意識を現実へと引き戻した。だんだんはっきりしてきた彼の視界が、1番最初に捕らえたのは、白い光を放つ照明だった。
「……lux……」
 一護が無意識の内に呟いた単語は、数週間前、成績優秀な国枝鈴も口にしていた。
 鈴は教室で、ラテン語使用国がどうとか、興味が沸いて単語を調べてみたとか、そんなことを小川や夏井に話していた。一護は、それを偶々耳にしたのだ。
「……!」
 一護は目を見開いた。曖昧に記憶していた鈴の説明が、明確になっていく。


「光を意味するluxに由来した女性名が有るって知って、気になったから調べたの。そしたら……」


 一護はガバッと起き上がり、廊下へ飛び出した。

「何だ、煩いぞ!」
 夕食の後片付けの最中に、一護がバタバタと台所へ降りてきた。あまりに騒がしかったので、ルキアは怒鳴る。
「風呂が沸くまで静かに――」
「お前の名前」
「……?」
 ルキアは数回瞬きした。目の前の一護の顔が、物凄く嬉しそうなのだ。
「お前の名前は、光だ」
「……え?」
「国枝が言ってたんだ。『Lukiaは、光を意味するラテン語、luxに由来してる』って」
「ら、らて……ん?」
「とにかく、お前の名前は光って意味なんだ。これは俺の考えだけど、お前の名付け親は、お前が誰かの光になってくれることを願ったんじゃねえか?」
「……一護」
 ルキアは泣きたくなった。
 昼間のことを、恥ずかしく思っていた。あんなにも簡単にことを打ち明けた自分を、どうかしていると何度も思った。幼い子供に気持ちを理解してもらおうとした自分を、我儘だと何度も思った。
 それなのに、嬉しそうな一護を見て、自分のことみたいに喜んでいる様子を見て、自分自身の喜びを隠せずにはいられなくなってきた。
「……残念だな。私の名付け親の願いは、未だ叶っておらぬ。……私などがそんな大層な者に……」
 しかし、ルキアが示す「光」は、自分にとって程遠いものだと思った。


「有難うな、おかげで心は此処に置いていける」
「有難う……ルキア」


 大切な人の最期を思い出す度、自分は礼を言われるようなことなんてしていない、自分に存在の価値なんて無い。そう思ってきたからだ。
「……馬鹿、叶ってるよ」
「え?」
「お前は、俺の光なんだぜ」
「……!」
 一護の一言が脳内で何度も響いて、ルキアは涙を滲ませた。
「……いち、ご……っ」
「お前がいたから、俺はここに生きてる。遊子も、夏梨も。俺達にとって、お前はでっかい光なんだ」
「戯け……本気で泣かせるつもりか」
 袖で涙を拭って、言葉とは裏腹に微笑んでみせる。
「……私が光だと言うのなら、その光を護ってくれ。お前は、『一護』なのだから」
「……ルキア……」
「以前命を救ってもらったのに、今更こんなことを言うのも可笑しいがな」
「……っ」
 一護は堪らなくなって、ルキアの小さな身体を抱き締めた。
 腕の中の愛しい存在は、強がってばかりのちっぽけな自分を頼ってくれている。柄にも無く、泣きそうになった。
 一護は目を閉じた。無邪気に駆け回って赤いリボンを揺らす少女と、幼い自分の隣を歩く母の姿が浮かぶ。何が有ってもルキアだけは護り抜くと、心の中で2人に誓った。

「……ルキア」
「一護」
 一護とルキアにとって、互いの名前は、今まで以上に特別なものとなった。だからなのだろう、2人が口にした互いの名前は、とびきり甘い音をしていた。
「……もっと、呼んで。ルキア」
「一護」
「ルキア、もう1回」
「一護っ」
 2人は呼び合いながら、今まで足りなかった何かを埋め尽くすように、ぴったり身体をくっつける。
「ルキア。やっぱ、もう1回」
「……一護!」
「……ルキア。これで最後」
「な……、何回言わせる気だ?」
 ルキアは呆気に取られて、思わず一護を見上げた。
「さあな。俺は、お前が飽きるまで呼んでやるから。ルキア」
「……」
 もう何も言い返せないと思ったルキアは、一護の胸に赤くなった顔を埋めて、再び名を呼んだ。
「一護。……有難う」
「こっちの台詞だよ。ルキア」
 自分なんかが「一護」なんて名前を貰って良いのかと、マイナスに考えるくらいなら、強くなって「一護」に相応しくなった方が良い。一護がそれに気付けたのは、ルキアのおかげだ。
 一護は思った。自分1人で立てなくなったときは、ルキアに名を呼んで貰えば良い、と。ルキアが紡ぐ3文字が、生きる意味を教えてくれるから、と。




(Why are you alive?
 ――To defend the light.)




End

 
(09.04.26改稿)

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