純情部屋(Short Story)

□あの人の影
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「おかえり」
家のドアを開くと合い鍵で入ったのだろう、忍が待っていた。
「ただいま」
大丈夫、あれから時間が経った今はちゃんと忍の目を見れる。
俺は振り向いて忍を見ようとした…途端、忍が俺に乗り掛かってきた。

「…何してんだ」
「さっきの言えよ。俺に隠し事すんな」

隠し事といっても忍には関係のない事だ。
というより、そもそも現在曲がりなにも付き合っている奴に好きだった人の話をして良いものか…?

「さっきは悪かった。
ちょっと論文について考え込んでてな…だからもう降りろ」
玄関で押し倒される趣味はない。

「へぇ、゛先生"の論文でも書いてたのかよ」
問い詰めるような忍に俺は言葉が出なかった。
何でそんな事…
「先生って言ってただろ」

無意識に言葉が洩れていたらしい。これではごまかしようがない。
俺はため息をつきながら説得する方に回った。
「あのな忍チン、確かに先生の事を考えていた。それは認めよう。
でもこれは俺の問題であってお前には関係ない。
だからお前が心配する理由は何もない。
分かったか?」
子供に言い聞かせるような、そんな態度に忍は声を張り上げた。

「ふざけんな!好きな奴が好きだったの奴の事考えてんのに心配しないでいられっかよ。
俺は…あんたが好きだから…………。
もしあんたが俺の事嫌いになったらって…いつもビクビクしてんだよ。
この気持ち分かるか?
さっきみたいに手を振り払われただけで、触るのを拒否されただけで…俺は…………」

ポタッ

忍の目から涙が零れ、俺の頬に落ちた。

「…そうやっていつもいつもいつも俺ばっか不安になって、やっぱりあんたは俺の事どうでも良いんじゃないかって、俺なんか…ヒック、どうでも良い…って………う………ヒック」

「それは…」

それは違う。
お前がどうでも良いなんて、そんな事あるはずない。俺は逃げてたんだ。
お前にかっこ悪い姿を見られたくなくて、あの頃の俺を知られたくなくて、お前から…あの頃の俺から逃げてたんだ。





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