純情部屋(Short Story)

□あの人の影
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「好きです」

そう言った俺に先生は慌てて、笑ってごまかそうとした。
だから先生が俺の事を本気で受け止めてくれた時嬉しかった。
嬉しくて嬉しくて、何でも出来ると思った。

先生、俺は今でもこんなにはっきりと覚えています。忘れられる訳がない。
だから忘れない。
忘れられるとしても忘れない。
あいつが忘れちゃいけないと言ってくれたから。

俺は先生が今でも好きなんです。
きっと、これから先もずっと。
今でも時々夢に見るあなたの姿。
軽く茶髪のかかったあの綺麗な髪、問題児だった俺を殴るあの手や俺を蹴るあの足、俺を見るあの目、俺の名前を呼ぶあの声………。

先生―――――――




「宮城?」
突然の呼びかけに我を取り戻す。
ここは大学の研究室で、いつもの様に勝手に入って来た忍が心配そうな顔をして横にいた。

………こんな鮮明に先生の記憶を追い掛けたのは久しぶりで、多分忍が傍にいるようになってからは初めてだ。
きっと今まで見せた事のない顔でもしていたのだらう。

「こら、入る時はノックをしろといつも言っているだろ。」
俺はぐらかすしか術がないのでいつも通りに注意した。
しかし、忍は心配そうな顔をやめずに俺の顔を見てくる。
「何だ?俺の顔に何かついてるか?」
「宮城、何考えてた?」
俺の質問を無視して聞いて来る忍。
こんな情けない姿忍には見せたくなかった。

俺はいつも大人で、まだお子様な忍に冷静な判断をしてやるのだ。

だから出来れば聞かれたくない。
しかしそんな俺の気持ちに気付かない忍チン。
ったく、だからガキは…。
「何でもない。しいて言うならば芭蕉について考えていた、とでも言っておこうか。」
俺は巻物を片付けに腰を上げる。
「でも宮城…」

パシッ

…………忍の手を、思わず、振り払っててしまった。

捕まってあの目で見つめられたら、俺は昔の自分を思い出す。忍にそっくりな あの頃の俺を………
そんな事を本能で感じ取った。

「ほ…ほら、さっさと帰れ。俺は忙しいんだ。用なら家に帰ってから聞いてやる。」
一体忍はどんな顔をしていたのだろう。泣きそうな顔をしていのだろうか。
俺は最後まで忍を見れないまま、忍は研究室から出て行った。




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