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□マニアックラブ 2
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欲しい、と思った。
それは唐突な欲求だった。
触り心地が良さそうな髪が、窓から吹く風に揺られている。
放課後の教室で彼は一人、本を読んでいた。
名前は確か、重田徹幸(しげた てつゆき)。
「重田、なに読んでんの」
「……えと、伊高健(いだか たける)、だっけ」
「そうそう、覚えててくれてんだぁ」
まだこの高校の入学式を終えてから、一週間しか経っていない。その短い期間の中、彼があまり接点のない自分の名前を覚えてくれていたことに素直に喜んだ。
「だって、伊高って有名だぜ。『かっこよくて、頭が良くて、サッカー部でめちゃ爽やか』三拍子そろった有名人」
「うわ、なにそれ超キモい。俺、そんな頭良くないけど」
「うん。今しゃべってみて分かった」
「え、それはどういうこと重田。ちょっとは否定してあげなさいよ!」
手を口の近くに持っていき、おかまのような仕種で重田の肩を叩く。
ふっ、と笑う重田の口元。
長い前髪で隠れて、目があまり確認できない。
重田の髪は全体が長くて、襟足は肩甲骨あたまりまでのびている。
だからと言って、オタクや根暗などという言葉は重田からイメージできなかった。
「ねえ、邪魔じゃないの。前髪」
「よく言われんだよね、それ。でも別に気にならないんだ」
ふうん、と言いながら、重田の髪に許可もなく触れる。
「綺麗だな」
「そういう口説き文句は好きな女にでも言え」
好きな女なんていたっけ。いないはずだけど。
重田の襟足を掴んだまま、何気なく隣の女子の机を見る。忘れ物なのか、ポーチのような筆箱が無造作に置かれていた。
筆箱からのぞく、ハサミに目がとまる。
ダメだ、と思う前に手が動いていた。
重田は本に集中しているのか、気付いていない。
欲しい、と思った。
彼の髪が? いいや、違う。彼の全部が欲しい。
まず、彼の顔を隠すこの邪魔な髪を取り払わなきゃいけない。
それは唐突な欲求だった。
ジャキン、と静かな教室の中に響く不可解な音。
「え?」
本から顔を上げ振り返り、俺が持つハサミを凝視したあと、重田は自分のあらわになった後ろ首を触る。
「なに、してんの、おまえ」
声が震えていた。中途半端に上げられた口角が、咄嗟のことに対応しきれていないことを表している。
「邪魔だったから」
前髪に手をのばす。さすがに俺の次の行動を悟ってか、重田が抵抗しだした。
「やめろ、なにすんだよ!」
抗われると、なんだか逆に燃えるね。ああ、俺ってちょっとS?
バランスを崩した重田は、本とともに椅子から落ちた。
すかさず、仰向けになった重田の腰に跨がり、彼の両手を左手で床に押さえつける。
「じっとしててね」
まるでどこかの強姦魔のような台詞。
でも俺はそんな酷いことはしない。
ただ髪を切るだけだ。
「ふっ、うっ……」
泣いちゃったの?
その顔も見えないのが、なぜだか無性に腹立たしくて。
シャキン。
またハサミが音を鳴らす。
重田は少しつりあがった目をしていた。
その目から流れ落ちる涙を、舌で掬い上げる。
ビクッと反応を示す彼がかわいくて、犬みたいに顔中舐めた。時折、舌に細かい髪の毛が絡んだけど、重田のだからいいかと思い、すべて喉の奥に流し込んだ。
「重田ぁ……超かわいい」
自分は欲求に従順だ。
彼が欲しくて欲しくてたまらない。
「俺のものになって、重田」
未だ涙する彼の耳元にそっと口付けをした。