□文5
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ほんの些細な事だ。
陽介は帰宅中に届いたメールを見てなんだかにやけてしまう。
贈り主は蒼夜で、文面は”醤油切れたから買ってきて”である。
つまりお使いメールなのだが、それでも何と無くこそばゆいのは、それが共に暮らしているからこその文面だからだろう。

「今日の晩御飯は何かなっと」

ヘッドフォンから流れる音楽を口笛で吹きながらスーパーに寄り、醤油を購入した陽介は足早に帰宅する。

「……?」

しかし、足を踏み入れた我が家は暗い。
不審に思いながらもリビングの入口直ぐにある電気のスイッチをカチッとオンにした。
瞬間。
明るくなった視界に映るテーブルの中央にはケーキがどんと居座り、それを囲む様に様々な料理が並んでいる。
陽介がその豪華な食事に目を丸くしてぽかんとしていると、不意に横から声がかけられた。

「お帰り、陽介。それからHAPPY BIRTHDAY!」
「え…ちょ、何これどっきり!?」
「へへ。大成功?」

悪戯っぽく笑う蒼夜に、陽介は堪え切れないぐらいの嬉しさと愛しさが込み上げた。
今朝まで全然そんなそぶりを見せなかったと言うのに−と言うか新生活が慌ただしくて自分の誕生日を自分で忘れてたと言うのに−蒼夜はひそかにちゃんとこんなお祝いを用意してくれていたのだ。

「そうやぁー」
「はは、情けない顔。感動しちゃった?」
「し過ぎて泣きそうよ俺」
「泣いちゃえ泣いちゃえ」

けらけら笑って蒼夜は主役を席に導くと、お約束とばかりにケーキのロウソクに火を点した。
小さい時以来のそれは何だか気恥ずかしいが、勢いに任せて陽介がふっとそれを吹き消すと、お決まりの様に一本残ってしまう。

「下手くそー」
「わーるかったな」
「消しちゃえ」
「あ」

ふっと残りの一本を蒼夜が消してにひっと笑う。
しかし、やったなーと怒るまねをしつつも緩む頬を抑えられない。

「間に合わないかと思って焦ったよ」
「そんでお使い?」
「うん。まあ切れたのも本当だけど」
「うわ!なにこのケーキ超うめぇ」
「陽介バースデイエディション」
「え、手作り系な訳?」
「朝から頑張りました」
「お前って奴はー!好き!」
「うぜ」
「ちょ、流れ的に此処は俺も(はぁと)じゃねぇの!?」
「あ、クリームついてる」

がっくりする陽介を華麗にスルーした蒼夜は、不意に顔を寄せてぺろりと頬を舐めてくる。
赤い舌が間近で白い生クリームを飲み込んで、どきりとした。

「男前台なしだぞ」
「…蒼夜」
「ん?……んっ」

陽介は蒼夜を抱き寄せて唇を重ねる。
口内では甘い生クリームが舌の上で溶け合い、ぷちゅぷちゅといやらしい音をたてた。

「んぅ…ん、は、んむ…んる…ふぅ…」
「甘…」
「あた、り前…」
「なぁ…蒼夜…」
「はぁ…な、に…?」

とろんとした顔をする蒼夜に陽介は思い切って、こそりと耳打ちする。

「…な、生クリームプレイとかしてみない?」
「……アホか!」

しかし案の定鉄拳が飛んで来て陽介は床に沈められる。
ですよねーと床とお友達になりながらのの字を描く陽介に、蒼夜は真っ赤な顔のままぼそりと呟いた。

「…あちこち汚れる、から…。違う…の、なら…」
「え…まじ?」
「…うん。今日は陽介感謝デー、だし」
「…蒼夜。お前、本当たまんねぇーよな」

あんまり可愛らしい事を言ってくれる恋人のつむじに、陽介はちゅっと口づける。
びくっとした蒼夜はツリ気味の目と裏腹に眉根を下げて、陽介を上目見て来た。

「ヨースケ、あんま、変なの…勘弁な」
「ん。じゃあ、ひざ枕!」
「…それで良いのか?」
「おう。男のロマンだろ?」
「はは。うん、良いよ」

柔らかく無いけどな。
そう言って自分の膝をぽんぽんと叩く蒼夜に促されて、陽介はそこに頭を置いて横たわる。
確かに決して柔らかくなどは無いが、しかし温かい体温と頭を撫でてくれる指が心地良い。

「最初の年は出会って間もなかったし。去年は離れてたから、ちゃんとお祝いしたかったんだ」
「ああ…すげぇ嬉しい」
「ふふ。暫く陽介のが年上だな」
「敬いたまえ」
「やーだよ」

くすくす笑い合う穏やかな時間。
二人でいる時間が何よりのプレゼントだと陽介は思いながら、撫でてくる指に身を任せて目を閉じる。
指先から伝わる温もりがじんわりと染み渡る様に、幸福が染み入ってきた。

「まるで…魔法使いだな…」
「何?」
「…暖かい……」

呟いた陽介はしかしそのまま静かに寝息を立て始めた。
蒼夜は苦笑しながらも陽介の髪を撫で続ける。
いつでも暖かい言葉と気持ちをくれる陽介の方が、よっぽど魔法使いだと蒼夜は呟いた。

「…幸せを有難う、陽介」

呟いて陽介の額に口づける。
すると蒼夜の笑みが伝染した様に、寝ている陽介も緩い笑みを浮かべたのだった。



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