□キリリク
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「寒…」

屋上に吹く風が冷たくて身震いする。
それでも歩みを止めずに転落防止用のフェンスに攀じ登り、向こう側へ降り立った。
真っすぐに立つと爪先がはみ出る程しか無い幅の足場。
一歩でも踏み出せば地上に落下するだろう。
四階程度では即死にはならないだろうか。
それでも体はぐしゃぐしゃになるかも知れない。

「…まだ、大丈夫……」

この高さから見る地上はやはり、恐い。
でも、恐い内は大丈夫。
まだ、死ぬ事に恐怖を感じるなら、生きていられる。
でも、もしそれが無くなったら。

「…駄目だな、俺は……」

こうでもしないと、たまにどうでも良くなる瞬間がある。
シャドウと戦っている瞬間でさえ、そのまま肉塊にされたとて何を困る事があるのだろうと、考えてしまうのだ。
自分の呼吸を意識した途端、酷く息苦しくなり、自分が生きているのが疑問になる瞬間があって。
その度にこうして自分が生きていたいのか死にたいのか、確かめる。
恐い内はまだ未練がある。
でも、恐く無くなったら、多分。

「…ふぅ」

向こう側から戻り、一息つく。
この瞬間はいつも安堵感と脱力感に襲われた。
まだ大丈夫、と呟いて暫くそこで立ち尽くした。


−−−…


「蒼夜くん」

河川敷。
夕暮れを反射してきらきら光る川を眺めながらぼうっとしていると不意に声をかけられた。
振り向くと珍しく真面目な顔をした足立さんが立っている。

「こんばんは」

やんわり笑みを浮かべると、足立さんは逆に曇った顔をする。
不思議に首を傾けると、横に座った足立さんが言いづらそうに言葉を吐き出した。

「…なんか、悩みとかあるの?僕でよければ聞くけど」
「……?」
「…今日、その…学校の屋上に、いた、でしょ?」
「……ああ」

参ったな、見られてたのか。
誰もいない早朝を狙って行ったのに、見られていたらしい。
この人存外早起きだなとぼんやり考えながら、肩を竦めた。

「いえ…たまによく解らなくなるから」
「どういう事?」
「死にたい訳では無いんですけど…生きてたい訳でも無い気がして。…傷が痛いとか、死が恐いと思ったら、まだ生きてたいんだなと、」

これは自分の歪みだ。
自覚はしているけれど正せない捻れ。
だけどそれは誰かに理解して欲しい類いのものでは無い。
だから出来るだけ淡々と、暗にこれ以上の追及を拒む様に告げる。
だけど言葉は擦り抜けて、しかし熱が触れた。
見かけよりずっとしっかりした腕に抱き込まれて、温かさに心が揺れる。

「…足立さん?」
「自分を追い詰めなきゃ実感を得られないなんて…悲しすぎるよ」
「………」
「どうせなら、優しい実感にすれば良い。例えばこんな風に繋ぐ体温とか」

呟いた腕がぎゅっと包んで、確かに温かい。
成る程、と思う。
自分以外の生に触れると、自らの存在も感じるものなのか。
こんな風に抱きしめられた記憶など無くて、なんだか酷く揺らぐ。
ゆらゆらするのはしかし心が動いているからで、実際に揺れてる訳では無いのだけれど、何だか倒れそうでその腕にしがみついた。
背中を撫でる手が優しくて、不覚にも涙がこぼれる。

「俺…執着を持たない様にしてたから…執着したって…どうせ無くなってしまうから…」
「うん」
「だから生きる事にも執着出来なくなってて…」

けど、違うんだ。
ただ駄々をこねていただけで。
孤独なのが寂しくて、悲しくて。
求めないくせに求められたくて。
皆が対峙して受け入れて来た自分の影。
形として現れはしなかったが、多分、奥底にしまい込んでいた孤独を認めたくない今の自分がそうなのだろう。
なれば自分に出来るのはそれを認める事だ。
孤独が恐いくせに何でもないふりをして手放す弱い自分。
受け入れたのなら、きっと孤独では無いのだと信じれる。
この与えられる温もりも、素直に受け取れるから。

「…足立さん…俺…ちゃんと笑って生きて行きたいです。じゃないとこの町で出来た絆を、否定してしまう事になる…。俺は皆が大好きで…一緒に笑い合いたい」
「うん。ちゃんと解ってるじゃない。それで良いんだよ。生きる事への執着なんて大層な事言わないで、笑っていたいって、それだけで良いじゃないか」
「…はい」

自然、素直な笑みが浮かんだ。
結んだ絆が決して無駄では無い事を信じて生きて行こうと思う。
例えまた別れが来るのだとしても、流れる時間は確かに蓄積されるものだから。
−だけど。

「今だけ…もう少しこうしてて貰っても良いですか…?」
「うん。今だけじゃなくて、いつでも、この腕で良ければ貸すよ?」
「へへ…有難うございます」

しがみついた温もり。
その暖かさに感じる安堵感。
みっともなくても、あがいて生きよう。
この人の事も、もっと知りたいと思うから。

−その日から、フェンスの向こう側に行く事は無くなった。
踏み出したのは何も無い宙では無く、大好きな人達ヘ向かっての一歩だった。



−−−−


10000キリリク
各務さんへ。

自分なりの解釈で書かせて頂きましたが…どうでしょうか?
ちなみに作中の足立は白足立です(^^)
何やらリク内容をそれてしまった気がしますが…
受け取って頂けると幸いです!

この度はリク有難うございました!



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