□文3
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ピーンポーン。
軽快なチャイムが鳴り響いた。
さほど広くない部屋には一回鳴らせば十分届くと言うのに、その後も催促する様に二、三回鳴り響くそれに、陽介は慌てて走っていく。

「はいはいはい!」
「…遅い」
「んな事ねぇだろ。…てか、久々に会って第一声がそれ?」

陽介は玄関に立つ人物−月宮蒼夜を苦笑しながら見遣った。

「久々って…此処選んだ時に会っただろ」
「そうだけどさ。それから間開いてんじゃん?」
「まあ。てか、片付け進んでるか?」
「今さっき荷物届いたとこだし」
「取り合えず適当に置いて追い追いかなぁ」
「おうよ」

二人、そんな会話をしながら何と無く室内を見回す。
見慣れない部屋は、しかしこれから我が家となる場所なのだ。

高校三年を平和に過ごしていた陽介と蒼夜は、その間しょっちゅうは会えないもののメールや電話で連絡を取り合っていた。
しかし流石に受験シーズンになると連絡も疎かになりがちだったのだが、しかし年を越して山場を終えた後に聞いて見れば、どうやら受験した大学が割と近い所であったらしい。
陽介はこれを機に八十稲羽を出て一人暮しすると決めていて、蒼夜もまた自立しようかと考えていた所だった。
その為、なんならルームシェアするかと言う話しになったのである。

お互い大学も受かってその計画は実行され、この部屋に今日、引っ越して来たのであった。

「俺の荷物来たら、入り用な物買いに行こう」
「おう。食器類とか消耗品類な」
「うん」

そう言っている間に蒼夜の荷物が届く。
先に陽介のものが積んであった所に更にダンボールが置かれ、狭い部屋が更に狭くなったが、今日は取り合えず無事に越して来た事を良とするべきだろう。
荷物は一先ずそのままで、陽介は蒼夜と近くの大型百円ショップへと足を運んだ。

「歯ブラシとかマグカップとかお揃いだと新婚みたいだよな」
「ばーか」

等と下らない会話をしながら買い物を済ませると、今度はスーパーに寄って蒼夜は晩御飯の食材を買う様だ。
陽介はかごを持つ係を命じられて食材を選ぶ蒼夜に付き添うのみである。

「へへ、お前と暮らすと飯が上手い特典があって良いよな」
「陽介の特典はー?」
「お、俺…?あー…毎日が賑やかです!」
「却下。再提出よろしく」
「うおっ!んなばっさりと…っ」

オーバーリアクションな陽介に蒼夜はくすくす笑って冗談だよと呟く。

「賑やかなの、嬉しい」
「…へへ」

何と無く甘い雰囲気になって、陽介は久々に蒼夜を意識している自分に気付く。
あの年、間違い無く重ねた体温。
離れて、メールや電話じゃ伝えられなくて、何と無くうやむやな関係になってしまって。
陽介は離れててもずっと、あの年生まれた気持ちを大事にしている。
−でも、蒼夜はどうなのだろう。

「陽介?どうしたぼーっとして」
「え?あ、あれ?」

ぐだぐだと考えている内にいつの間にか買い物を終え戻って来ていたらしく、目の前に扉がある。
まだ合い鍵を作っていなく、鍵を持っているのは陽介の為早く開けてと急かされた。
頷いて扉を開けた陽介は先に入り、後から蒼夜も入ってくる。
結構買い込んじゃったな、等と言いながら蒼夜が鍵を閉め、前を振り返った−瞬間。
陽介は扉に蒼夜を押し付けて唇を重ねた。
驚いた蒼夜が買い物袋を落としてしまうがしかし陽介はその肩を掴んで口づけを深くする。
−すると、やがて力が抜けて来たのかしがみつく様に蒼夜が陽介に抱き着いた。

「んむ…ん、んふぅ…ん、ん、…んー…ぷぁ」

ちゅぷっと音をたてて舌を離すと、肩で息をした蒼夜が真っ赤な顔で陽介を睨んでくる。

「…いきなり何すんだよ」
「……嫌、か?俺…あの年から、変わってない。まだ、お前が…好きだ」
「ばぁぁかっ」

そう言った蒼夜は陽介にチョップを食らわせて体を離すと、落としてしまった買い物袋を持ってすたすた中に入ってしまう。
陽介は蒼夜はもう自分の事を好きでは無くなってしまったのかとうなだれながらその後に続くと、急に立ち止まった背にぶつかってしまった。

「…蒼夜?」
「……俺だって…ずっと好きなままだ…離れてんのに色褪せもしなくて…むしろ強くなって…」

振り向かないまま呟くその耳が、赤い。
陽介は胸がぎゅっとして、堪らず蒼夜を抱きしめた。
若かったと片付けるには、この想いは強過ぎて、目眩がする程鮮やかに蘇る。
そして想い出のままの姿が、この腕に再びあるのだ。

「蒼夜…蒼夜…すげぇ好き…会えなかった時間がなんか急に爆発して死にそうだ」
「…なんだよそれ」
「お前不足って事」
「………」

蒼夜は赤いぶっきらぼうな顔で陽介を振り返り、不意打ちの口づけをする。

「…同居初日から同居人に死なれちゃ困る」
「………じゃあ、」

補給させて。
相変わらずな照れ隠しに陽介は笑み、そう囁いた。


−−…


「うー…腹減った…」
「あ、そういや夕飯食べてなかったな」
「…誰かさんが三回もするから…」
「悪いって…てかお前も気持ちかっただ、…ぶふっ」

手直にあった座布団を投げ付けられて陽介は顔面にダメージをくらう。
相変わらずデリカシーの無い奴だなと蒼夜は眉間にしわを寄せた。
陽介は口は災いの元かとそれ以上何かを言うのを止め、ソファに寝転がっている−と言うより起き上がれ無いでいる−蒼夜に適当に引っ張り出したシーツをかけてやる。
それから蒼夜が買って来た材料を見て、その中から卵とキャベツを取り出した。

「炊飯器餞別で貰って来たから飯は炊けるな」
「陽介が晩飯つくんの?」
「無理させちゃったしな。料理っつっても炒めるぐらいしか出来ないけど」

そう苦笑した陽介は、しかし中々手際良く米を炊き、卵とキャベツを炒め始める。
そんな姿を見るとあの頃より何だか頼もしくなった様な気がして、蒼夜には少しこそばゆい。

「自立すんなら簡単な飯くらい作れないと倒れるぞってうちのおかんがな。…そんな意外か?」
「うん。…あと、さっきから思ってたんだけど陽介、背も伸びたな」
「あー、高3で結構伸びたんだわ。…あの年に、今の時間は二度と来ないって知ってから、色んな事全力でやろうって思えてさ」

そのせいかな。
そう呟く横顔もあの頃よりずっと落ち着いて男っぽくて。
蒼夜は何だかどきりとしてしまう。
しかしそれを知られるのが恥ずかしくて、つい憎まれ口を叩いてしまう自分は、あの頃とちっとも変わらない。

「…ちぇ。抜かしてやろうと思ったのに」
「はは、そういや同じだったもんな身長」

そんなたわいない会話をするうちにご飯が炊き上がり、陽介は蒼夜の傍まで盛りつけた皿を運んでやる。

「起き上がれるか?」
「んなやわじゃ無いっての」
「ん。ま、食べますか」
「ああ。頂きます」

手を合わせてそう言った蒼夜は、早速一口食べると心配げに見遣ってくる陽介に頷いて見せた。

「うまい」
「よっしゃ」
「破壊的なもの出て来たらどうしようかと思ったけど」
「はは、天城とか里中じゃねぇーんだからよ」
「あれは…うん、まあ過ぎて見れば良い想い出?」
「まあな」

二度と訪れ無い、あの馬鹿みたいに全力で笑い続けた輝ける日々。
懐かしさに二人顔を綻ばせ、甘い感傷のままに想い出話しを語る。
たった2年前だと言うのあの頃が酷く懐かしいのは、離れていたせいかも知れない。
陽介は改めて目の前に蒼夜がいる事が何だか不思議な気がして、箸を止めてじっと見遣った。

「なに?」
「いや…その、今度は、さ」
「うん?」
「…期限つきなんかじゃなく、一緒にいられるんだよな…?」
「…うん」

ぶっきらぼうな返事はしかし何処か嬉しそうな響きを持っていて、陽介は笑った。
駆け抜けたあの頃はもう二度と来ないけれど、今この瞬間から続いて行く日々だって、掛け替えの無いものなのだ。
そしてまた、そんな眩しい記憶を、想い出を二人で創って行ける事。
それは何て幸福な事だろう。

「へへ。これから宜しくな」
「ああ。こちらこそ」

その日は夜通し二人で離れていた一年の事を話し合った。
空白は見る間に埋まり、まるで久しぶりに会った事すら忘れてしまう程だ。

そしてこれからはまた、二人で刻む新しい日々が始まる。




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