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蒼夜がいなくなって三回目のダンジョン攻略で、漸く最奥へとたどり着いた。
敵は強くなる一方だったが、しかし俺達も焦る気持ちを堪えてレベルアップしてきたのだ。
必ず、助ける為に。

「行くぞ」
「うん」
「ええ」
「オッケークマ」

今までより一際大きく重圧な扉を、押し開く。
足を踏み入れたその部屋は酷く静かで、そして青い。
まるでたゆたう水の中にいる様な穏やかな部屋なのに、しかし酷く寂しくて冷たい場所だ。

「蒼夜……!」

そしてその中央。
そこにただ静かに立ち尽くす姿は見間違える筈も無い、蒼夜だ。
しかし雰囲気が、違う。
何度もこういう場面に対峙して来たせいか、あれはシャドウだと直感した。
しかしシャドウ蒼夜はただ無表情に、生気の灯らないガラスの様な冷たい瞳でこちらを見るだけで、何もアクションしない。
それを訝しげに見ていると、すぐ傍でか細い声がした。

「よ、すけ…皆…」
「……!」

慌てて声の主を捜すと、近くの壁に蒼夜がいた。
しかし姿を見つけて安堵する事は無く、むしろ絶句する。
蒼夜はまるで何かでみたキリストみたいに、両手を広げて壁に縫い止められていた。
その掌には、深々と短剣が突き刺さっている。

「蒼夜…!」
「月宮くんっ」
「リーダー!」
「センセーっ!」

慌てて蒼夜に駆け寄り、その掌を貫く短剣を引き抜いてやると、その体ががくりと崩れ落ちる。
それをしっかりと受け止めてディアラマをかけると、天城も傍らに立って同じ様に回復を唱えてくれた。
投げ捨てた短剣はどす黒く血に塗れ、蒼夜の顔は青白い。
それを見た瞬間、俺の中で言いようの知れない感情が湧き出て、回復の為に翳した手の指先が震えた。

「…お前がやったのか」

呟いてシャドウ蒼夜を振り返ると、相変わらず無感情な顔で、しかしこちらを見ていた。
その目が虚ろに揺れ、俺の問いを肯定する様にこくりと首を振る。

「俺がやった。でも、何か問題があるか?」

それは俺なのに。
呟いたシャドウ蒼夜はゆっくりとこちらに歩いて来て、俺の前に立つ。
よく見ればその姿は傷だらけで痛々しい。
眉根を潜めているとシャドウ蒼夜は短剣を取り出したから、俺もナイフを構える。
しかしその切っ先がこちらに向く事は無く、何を思ったかシャドウ蒼夜は自分の手を突き刺した。

「うあ……っ」
「蒼夜!?」

しかし血が吹き出したのは涼しい顔をしたシャドウ蒼夜では無く、俺の腕の中にいる本体だった。
シャドウ蒼夜はその傷を何度も刺し、その度に腕にある体がびくりと跳ねる。

「な、んで…!止めろ…!止めろよぉ…っ!!」

俺は蒼夜を天城に預けて、シャドウ蒼夜を背後から羽交い締めにする。
抵抗するかと思い気やシャドウ蒼夜は大人しく捕まり、俯いた。
青白いのは本体も影も一緒で、何だか胸がぐっと締め付けられる。
シャドウは抑圧された心。
これは紛れも無く奥底に隠した、蒼夜自身なのだ。

「…お前、なんでこんな事するんだよ。痛いだろ、これ」

掌に触れる。
穴が開いた手にそっと指を這わせると、びくりとシャドウ蒼夜が身を縮めた。

「痛い」
「なら、なんで」
「…そっちの俺が、痛くない振りをするから」
「え…?」

シャドウ蒼夜は、本体を見遣って、僅か目を細める。
それに釣られて視線をやれば、大分回復したのか蒼夜が起き上がり、こちらに視線を返していた。

「寂しい、辛い、痛い。忘れた振りして密閉するから、本当の感情も失くしてしまった」
「………」
「俺が俺を許さないから、俺は笑え無い。泣けない。痛いと叫んで、誰かに縋る事も出来ない」

淡々としているくせに何処か悲痛な言葉。
それは俺も蒼夜と接していて度々感じていたものだった。
蒼夜は皆に優しいくせに、自分に対しては酷く冷たい。
無理をして自分を殺して、そうして何でもないのだと言う様に張り付いた笑顔で笑う。
蒼夜を知れば知る程その違和感に気付いて、いつももどかしく思っていた。

「俺…は…ちゃんと、笑ってる…皆といると…楽しいし、堂島家は…温かい」
「痛みは?幸せであればある程、孤独に怯えるくせに」
「俺、は…っ」

蒼夜が首を横に振る。
それが、拒絶の合図だった。

「…解っていた。お前は俺を認めないと」

シャドウは俯いて、虚ろな目を一瞬だけ揺らすと、繊細なガラスを叩き割った様なか細い音をたてて―消失した。

「……!?」

腕に振ったきらきらしたかけらも、直ぐに消える。
呆然としてそれを見ていると、不意に天城の悲痛な声が聞こえた。

「月宮くん…!?」

我に返って振り向く。
天城の腕に支えられて体を起こしていた蒼夜が、蒼夜の瞳が―暗闇を映す様に暗くなっていた。

「…蒼、夜……?」

一歩、近寄る。
嫌だ。
胸騒ぎより何より先に、そう思った。
嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
止め度なくドッと流れ出す不安と恐怖感を抑えて、俺は蒼夜に手を伸ばし、触れようと、した。
しかし指先が触れる直前。
まるで俺から逃げる様にその体が傾いで、倒れた。
嫌だ。
嫌だ。
嫌だ。

「そ、うや」

名前を呟いた。
だけどその瞳は閉じられ、ぴくりとも動かない。
ざわっと体の内側が恐怖感に食い荒らされ、喉から塊になって声が流れる。

「う、わあああああ…っ!!」

本日、外は土砂降り。
此処までは聞こえない筈の雨音が頭の奥で響き、俺はぐたりと横たわる蒼夜に触れられないまま、ただその場に立ち尽くしていた。



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