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良く出来た女だった。
奥ゆかしい訳では無いが芯が強く、自分をしっかりと持っていて、けれどいつも夫である自分を立てる事を忘れなくて。
家の事も子供の事も全て任せきりで、なのにいつも笑顔で何でも無い様に笑う、そんな人間だった。

「−遼太朗さん、こんな所で寝てると風邪ひきますよ」

声をかけられて閉じていた目を開く。
見上げると直ぐ側に甥っ子である蒼夜が立っていた。
この甥っ子、人を気遣い家事を何でもこなし、バイトもしているのに成績は学年トップと言うとんでもない少年である。
しかしそれを微塵も感じさせずにいつも穏やかに笑う様が、亡くなった妻としばしば重なる事があった。
だから好きになった−訳では無い。
確かに似ているけれど、そうじゃない。
しかしそこが上手く言えずにいつも寂しそうな顔をさせてしまうのだ。

「…蒼夜」
「はい?」
「……」

何かを言いたいのに出てこない。
口下手と言う程では無いが、自分は上手い言い回しが出来る様な人間では無かった。
それに引き換え、この少年はいつも話題を振ってくれる。

「あ、今日って良い夫婦の日なんですよ。知ってました?」

きっと良い夫婦だったんですよね。
蒼夜が見つめているのは、真っ直ぐに見れる様になって初めてちゃんと飾った、菜々子と千里との家族写真だった。
その瞳が余りに優しくそれを見つめるから、俺は思わず立ち上がり、写真をそっと伏せる。
そしてきょとんと不思議そうにしている蒼夜の腰を強引に抱き寄せ、口づけた。

「遼太朗さん……ん…」
「蒼夜…俺は、もう、嫁を貰う気は無い」
「……?」
「ただ……ずっと連れ添って欲しい奴はいる」

真っ直ぐに見下ろす少年は瞳を揺らがせ、しかし真っ直ぐに見つめ返して来た。
その強い光りが、上辺のごまかしを許さない強さが、自分を押してくれた瞬間から。
自分の中で少年は特別な存在になったのだ。

「俺はお前が欲しい。もう未来を思い描く様な歳じゃないがな、それでも、これからの俺の隣りにお前がいれば良いと思う」
「遼太朗さん…」
「夫婦には、なれんかも知れんが」

家庭は作れる。
そう囁いてもう一度口づけた。
震えた唇。
涙を浮かべながら笑んだ少年は、綺麗だった。

「…こういう時、なんて言えば良いんだろうな」
「………そういう時は」

好きだって言って下さい。
そう囁く唇にまた口づけながら、言われるまま好きだと呟く。
すると蒼夜ははにかみながら頷いて、囁いた。

「俺も…愛してます」

自分より上を行く殺し文句に、俺はただただ苦笑して愛しい少年を抱きしめたのだった。







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