□文
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夜中にふと目が覚めた。
鈍い思考とぼやけた視界が動き、直ぐ目の前にある塊に気付く。
さらさらの髪。
白い顔。
意志の強さを感じさせる切れ長の瞳が、今は閉じられている。
その頬を撫でながら漸くその塊が蒼夜だと、頭が認識した。
途端に顔の筋肉が弛緩して、笑みが浮かんでしまう。
隣りに引いた布団に寝ていた筈の蒼夜が、いつの間にか足立の布団に潜り込んでいたのだ。
すやすやと心地良く寝ている少年の寝顔は、やはり幼い。

「…もう、半年になるんだな…」

蒼夜がこの家に来て、共に過ごす様になって半年。
最初はただの世間話で、足立は確かインスタントの食事も飽たよ、なんて軽い愚痴を言って。
そうしたら蒼夜が作りに行きましょうかと言ったから、足立は冗談まじりに大歓迎だよ、と返したのだ。
そうしたら次の日、蒼夜は本当に足立の家に来てご飯を作ってくれた。
本当に来るとは思わなかったから驚いたのだが、しかし蒼夜は度々やって来てはそうしてご飯を作って行く様になったのだ。
それから半同棲みたいになって、今に至る。
足立にとって蒼夜は、最初は親切な少年だと言うだけの認識だったのに、今では。

「…僕ね、実はあんまり執着って無いんだ。蒼夜君がいつも気にしてくれる服装とか、髪型とか、食事も腹が膨れれば良かったし、大切な物も人も特に無かったし」

蒼夜が眠っているのを良い事に足立は独り言を呟く。

「…けど、君にかっこいいって思って貰えるなら外見も気にしたいし、君が心配するなら食事のバランスも気をつけたい。……初めてなんだこんなに傍にいて欲しいって思うのは」

一生懸命、生きて行こうと思うのも、蒼夜がいるから。
大切な人に恥じない生き方をしようって、前を向いて歩こうって、今は思える。
腐ってた時期だってあったけど、相変わらずふとすれば手を抜いてしまうけど、それでも。

「…大切な君を失う様な事だけは、しないからね」

その顔を見るだけで心が柔らかくなるなんて、そんな存在が出来るなんて思いもしなかった。
共に歩むにはきっと障害も多いけど、大切な事は自分が見失わなければ消える事は無いから。

「……でも不思議だなぁ…蒼夜君は一体どこを見て惚れてくれたんだか…」

自分で言うのも悲しいが、職業が現役の刑事である事ぐらいしか特筆事項が無い人間である。
蒼夜みたいに素直で人の為に喜んで何かをしてあげられる人間が好かれるのは解るけれど、やはりどう考えても自分が好かれる要因が思い当たらない。
一度考え出すとどうにも気になってうーんと唸る足立に、しかし答えは本人自身からもたらされた。
いつの間にか、目の前の少年の瞳がきょろりと開いている。

「…警察署まで、叔父さんにお弁当届けに行った時……」
「わ…っ蒼夜君起きてたの…?!」
「…足立さんと会って、お弁当届けに来たって言ったら…足立さん、えらいねって、頭撫でてくれたんです……」

蒼夜もまた独白みたいに、視線を合わせないまま呟く。
その目は柔らかい光りをたたえ、はにかむ様に細められた。

「…嬉しかったんです……両親にも言われた事無かったし。…俺は、良い子でいる事で親に心配かけない様にって思ってたけど、そんなのは建前で…本当は褒められたかったんだって、あの時気付きました。いつの間にか周りに気を使われたら駄目な気がしてがちがちになってた俺を、足立さんは無条件に褒めてくれるし、背伸びすると怒ってくれる。俺、無理に大人な顔しなくても…子供でいても良いんだって…思えたんです」

貴方が教えてくれたんです。
蒼夜はそう言ってにっと、子供らしい笑顔を浮かべた。
だから足立も笑い返し、蒼夜を腕の中に招き入れる。
お互いに与えて与えられて。
そうして過ぎて行く日々が持つ煌めき。
何気ない一瞬一瞬が、大切なのだと、今なら言えるから。

「蒼夜君は、実は甘えたがりだね?」
「う…そうかも知れないです……」
「どーんと甘えて良いよ!」
「−−はい」

頷いて擦り寄る塊を、足立は大切に大切に腕の中に閉じ込める。
欠けているものを補い合って、そうして描いた形が二人の未来なのだと、もう、お互いに気付いているのだ。
二人はつかの間じゃれ合いやがて眠りにつく。
それは酷く幸福な時間だった。




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