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「なんかの連絡待ち?」

無自覚なのか解らないが蒼夜はその日、しきりに携帯をちらちらと見ていた。
足立はこの少年が落ち着かずそわそわしているのが珍しくて、つい尋ねてしまう。

「あ、もしかしてバイトの採用電話待ってるとか?あれいつ来るか解らないからどきどきするよねー。あ、でももう深夜だから流石に来ないでしょ」
「あ、いえ…」

蒼夜は何故か少し困った顔をした後、携帯のディスプレイに表示されている日付が変わったのを見て溜息を吐き出した。
そして携帯から漸く目を離すと、何処か寂しそうな笑みを浮かべる。

「毎年の事だから期待しなければ良いんですけど…流石に離れてるし、今年は一言ぐらいあるかなって思って…」
「ん?」
「昨日、誕生日だったんで。親からメールぐらい来るかなって…はは、いつも通りなんも無かったですけど」
「え!?蒼夜くん誕生日だったの!?」
「え、あ、はい」
「うわーどうしてそういうの先に言ってくれないかなぁ」
「え…?」

きょとんとする蒼夜に足立は溜息を吐く。

「ケーキとかプレゼントとか、知ってれば用意出来たのに」
「え、そ、そんなの…俺、もう17だし…」
「幾つだって関係無いよ。僕は蒼夜くんに何かしてあげたいの!」

だって蒼夜くんが生まれた日でしょ。
足立の言葉に、蒼夜は驚いて、困惑した顔になる。

「蒼夜くん?」
「俺……俺、その…上手く言えないんですけど……正直、両親にとって…いらない子供なんじゃないかって思ってて…だから、その…血縁ですら必要としない俺の誕生日とか、祝ってくれる人がいるって思わなく…て…」

言葉を吐き出す内に心も出て来てしまったのか、蒼夜の声は次第に震えていく。
しかし大人びた理性が感情をせき止めているのか、目が水分を溜めているのに必死で零すまいとしている姿が、痛々しかった。
足立は蒼夜を抱き寄せ、甘やかす様に髪を撫でてやる。
しっかりした子供と言うのは、しつけが良いか、もしくは必要に迫られたかのどちらかだ。
そして蒼夜は後者なのだろう。
嫌われたくなくて、手のかからない子供を演じて。
そうして固めた外壁が、内面を押し潰しているのだ。

「君は、もう少し我が儘になるべきだね。それで誰かに嫌わるのが恐いなら、僕だけにでも良いから」
「……いや、だ」

蒼夜は首を横に振り、足立の胸に顔を埋め、くぐもった声で呟く。

「いまは…足立さんに嫌われるのが1番、辛い……」
「……大丈夫だよ。僕は君を嫌わない。君が好きだから、我が儘すら愛しくなるんだ」
「……っ」

優しい声は蒼夜の外壁を崩しせき止めていた感情を落涙させる。
足立はそれを受け止めながら、慎重に優しく髪を撫で続けた。

「店が開いたら、ケーキ買いに行こうか」
「………うん」
「プレゼント、何が良いか考えててね」
「………うん」

ずっと鼻を啜りながら蒼夜は素直に頷く。
少し少年の心に近付けた気がして、足立は笑みを浮かべた。

「蒼夜くん、誕生日、おめでとう」
「あり、がとう…」
「こっちこそ」

生まれて来てくれて有難う。
囁くと、蒼夜は泣きながら、綺麗な笑みを浮かべた。
出会えたのは、生まれてくれたから。
共にいれるのも、生まれてくれたから。
ならば足立が蒼夜の誕生日を祝わない筈が無い。

「俺…嬉しいです。もう、これから先、誰にも祝われなくても良いぐらい…」
「ばか。来年も再来年も、その先だってずっと、」

嫌だって言ってもお祝いしちゃうからね。
悪戯っぽいウィンクを投げ掛けた足立に、蒼夜は嬉しそうに頷いた。

「…ん?あれ、これ、プロポーズかな」
「え!?」
「プレゼント、指輪にしちゃおうか」
「ええ!?」

真っ赤になる蒼夜に足立は本気か冗談か解らない顔でくすりと笑う。

「僕のものになっちゃう?」
「う…………は、はい」
「うん」

大切にするからね。
そう囁く足立に蒼夜は頷いて幸せに浸った。

その日から少年の首元には細いチェーンが見え隠れする様になる。
服の下に隠れたその先には、ひっそりとシンプルなリングが揺れているのだった。




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