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「ずっと思ってたんだけどさ、自立でソファー持ってくるとか豪華だよな。月宮家って結構金持ち?」

ソファーに腰かけて読書する蒼夜の肩に寄り掛かりながら、PSPを弄っていた陽介が不意に問い掛けた。
蒼夜は紙面の文字列から目を離さないまま、あーと気の抜けた声を出す。

「まあ両親とも仕事人間だしね。それなりにあるとは思うけど。これは餞別何が良いって言うから」
「餞別がソファーかよ。普通家電製品じゃね?」
「まー…なんてかな、ソファーは俺にとって結構重要って言うか…」

蒼夜は漸く顔を上げてしおりを挟み本を閉じると、ぽつぽつと話し出す。

「小さい時から両親働き詰めでさ。顔見るのは朝起きて数十分ぐらいで、その時間てのも両親が朝食代わりにコーヒー飲んでる間だった訳」
「ふむ」
「そのコーヒー飲む間も父さんは新聞、母さんはテレビでニュース見るんだけどさ、必ずソファーに座る訳。何も無かったら何処でも良いけど、ソファーあったら自然にソファーに座るだろ?そしたら自然に近くにいる訳で、なんてのかな…上手く言えないけど、お互い違う事してても、そうやって傍にいる事でコミュニケーションとるって言うか…何笑ってんだよ」

どうやら自然に笑ってしまっていたらしい。
陽介は結構寂しがり屋な恋人の腰にぎゅっと抱き着き、にひっと笑顔を向けた。

「つまり、何してても俺とひっついていたいって事っしょ?」
「……っ違……く、ない、けど…」

赤くなってふいっとそっぽ向いた顔が、不機嫌そうな表情を浮かべる。
だから陽介は伸び上がってその頬にちゅっと音をたてて口づけた。
そして暑苦しいぐらいべったり張り付いてやると、蒼夜は耐え切れず破顔する。

「何だよ。暑いって」
「蒼夜がそこまで考えててくれたなんて陽介感激!」
「うざい」
「酷っ!…てか、何処にいたって俺は蒼夜に引っ付くけどな!」
「……うん」

蒼夜は柔らかく頷いて、陽介を抱きしめる。
温もりがホッとするのか顔を肩に埋めてくる蒼夜の背中を撫でた。
愛情を欲するが故に自己を犠牲にして笑顔を振り撒く、蒼夜はそんな人間だ。
大人びた落ち着いた振る舞いをするくせに、本当は寂しがり屋で、甘えたがりで。
でも素直に欲しがる事が出来ない、自分の事だけに酷く不器用な恋人。
陽介はあの年、共に過ごし気持ちを繋げた中でそんな彼の本当を知った。
抑圧された可哀相な本心。

「俺、お前のそーゆーとこ、好きだぜ」
「うん?」
「甘えん坊なとこ」
「…陽介に言われたく無い」
「ばっか、これはお前が寂しく無いようにだなぁ」
「…うん………嘘、解ってる。…有難う、な?」

釣り気味の目が弓なりになり、愛しいそうに陽介を見る。
似てるとこなんて何も無くて、だけど傍にいてこんなにホッとするのは、お互いがお互いを理解しているから。
それが故に愛し、それが故に愛されて、今、隣にいるのだ。
陽介がやんわりと蒼夜のさらさらとした髪を撫でると、安心仕切った様に力を抜いてもたれてくる。
あの頃、陽介は皆を率いる強い背中をいつも見ていた。
だけれど共に戦った日々を過ぎ、蒼夜は今、体重全部を投げ出してくる。
信頼されているのだ。

「へへ」
「…何?」
「お前が甘えてくれんのが嬉しいなってさ。あの頃、お前と対等でいれてるのか、お前と肩を並べられてるのか、ずっと不安だったから、さ」
「…俺は、陽介が傍にいてくれてたから、歩けたんだよ」

ぽつりと蒼夜が空気を震わす。
普段、外では流暢に喋るくせに、二人きりだと途端ぶっきらぼうになる声。

「陽介はいつも自分が劣ってるみたいに言うけど…俺はいつも陽介の明るさに救われてて…甘えるのが下手な俺をいつも冗談めかして甘やかしてくれて…そんな所が大好きなんだ」
「…蒼夜…くそ…っお前可愛すぎ!」
「陽介ぐらいだよ、そんな事言うの。可愛いげ無いとはよく言われるけど」
「んなのはお前の事知らねぇーだけだろ。てか寧ろお前の事解ってるのは俺だけで良くね?」
「独占宣言?」
「嫌か?」
「嫌だ」
「ちょ、はっきりし過ぎだろ!泣くぞ!」
「冗談だよ」

くすくす笑って蒼夜はただ嬉しいと呟いた。
それがあんまりにも甘い声だったから、陽介は何だか泣きそうになって、浮かべた笑みがくしゃりとした情けないものになってしまう。

「蒼夜!」
「何?」
「全力で甘やかしてやるから覚悟しろよ!」
「…はは、解った」

楽しみにしてる。
そう呟いた唇を蒼夜がくっつけてくるから、陽介も負けじと押し付けた。
そしてそのまま雪崩る様にソファーに倒れ込む。

「…うん、良いかも」
「……?」
「ソファー。いちゃいちゃして、そのまま雪崩込んでもオッケー!」
「…ばーか」

くすくす笑ってゆっくり熱を重ね合う。
いつだって隣にいたい。
あの頃も、そして今も。

そんな願いを込めたソファーは、これから先もずっと、二人の住む部屋の定位置に佇んでいる。




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