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「センセー!」
「よーっす」
「久しぶり」

朝からまったりしていた所に、嵐の様な珍客がやって来た。
クマに千枝に雪子である。
こっちに来てから会うのは初めてで陽介は何だか懐かしくなるが、それ以上に蒼夜は懐かしいのだろう。
久々に会う顔触れに、顔が綻んでいる。

「へー結構良い部屋だねー」
「ルームシェアしてるんだよね?」
「うん」
「ヨースケだけ狡いクマ!クマだってセンセーとラブラブ同棲したいクマよ!」

そう言いながらクマはべったり蒼夜に張り付いている。
陽介はさりげなくそれを引っぺがしながら千枝と雪子を見遣った。

「てか俺二人に此処の住所教えたっけか」
「俺が教えた」
「うお…っ俺に内緒でメールのやりとりしてんのかよっ」
「花村うざー。男の嫉妬はみっともないぞよ」

千枝は呆れた様に陽介を見遣りそう言い放つと、蒼夜に内緒話する様に口元に手を当てて呟く。

「ずっと疑問だったんだけどさー、月宮君は花村の何処が良い訳?」
「あ、それ私も不思議だった。月宮君モテてたのに」
「ちょ、何気に俺けなされてね…?」

女子二人のあんまりな物言いに若干ダメージを負いつつ、しかし陽介も実の所それは知りたかった。
蒼夜は確かに老若男女問わず−果ては動物にまで−好かれる様な人間で、それにはそれなりの理由もある。
だから皆が彼を好きになるのは解るし、だからこそ、そんな人物が自分を選んだ訳は気になると言うものだ。
蒼夜は皆の視線を受けて困った様に頬を掻き、言わなきゃいけない雰囲気に肩を竦める。

「…正直自分でもきっかけなんて解らないけど…明るい笑顔とか、真っ直ぐ生きようとする姿勢とか、おちゃらけてるとことか、馬鹿なとこも…多分、嫌いな部分も含めて…好き、なんだと思う。だから…なんで好き、じゃなくて花村陽介って存在が…好き」

演劇をかじっている為かいつも発声のしっかりした蒼夜が、しかしもそもそと恥ずかしそうにそう呟いた。
しかも皆が何も言わずにぽかんとして蒼夜を見てくるから、更に恥ずかしくて穴があったら入りたい気分になってしまう。

「ふわ…真面目に惚気られたよ」
「月宮くん…本気なんだね」
「センセーにこんなに思われてヨースケってば果報者クマ!」
「おおお…いまめっちゃ感動してんですけど…」

陽介はぶるぶると震えて思わず蒼夜に抱き着いた。
しかし案の定、恥ずかしさにかられた蒼夜からカウンターアタックを受けて床に沈む。

「皆いるから…っ」
「おごご…そーっすね、すんません…」
「あ、あーっと、雪子、そういえば買い物行きたいって言ってたよね?」
「う、うん。折角こっち来たしね。行こうか千枝。クマさんも」
「ユキチャンチエチャンのお供なら喜んで行くクマよー!」

慌てて立ち上がる二人に蒼夜も伝染した様に慌ててしまう。

「あ、き、気にしなくて良いから…!ゆ、ゆっくりしていってよ」
「いやー惚気でお腹いっぱいだよ」
「また今度遊びに来させて貰うね」
「クマはいつでもセンセイの心の中にいるクマよ」
「それ、死ぬ間際っぽいから」

そんなツッコミをしつつ千枝は雪子とクマを伴ってまたね、とそそくさ撤退していってしまった。
お茶を出す暇も無く嵐は過ぎ去ってしまい、蒼夜は陽介をジト目で見遣る。

「陽介が抱き着いて来たりするから…気使わせたじゃないか…」
「え、全面俺かよ!?蒼夜が嬉しい事言うからだろうが…!」
「だ、だって…!……本当、だし…」
「蒼夜…」

陽介は堪らず再び蒼夜を抱きしめる。
今度は鉄拳が繰り出される事も無く、蒼夜は大人しく陽介の腕に包まった。

「…どんなに辛い時でも、陽介となら大丈夫だって、思えたんだ…」
「うん…俺も。お前がいてくれれば、何があっても大丈夫だと思った」

一緒にいて楽しいのは勿論だが、辛い時や悲しい時にそれを共に背負える存在だと、思えたから。
そしてそれがいつしか守りたい気持ちになり、大切な存在になって、やがて愛になったのだ。
思春期特有の擬似恋愛、なんて疑う時期も過ぎて残ったのは変わらない気持ち。
再び出会っても変わらない距離感。
同じ様で違う毎日の中で、変わらずに傍にいて欲しい存在。

「だって同じ気持ちを共有出来る存在がいるって、奇跡だと思うんだ。俺は…恥ずかしいけど、運命ってやつを信じてる」

真っ直ぐに言う蒼夜はただ笑って陽介の髪を撫でてくる。
確かにお互い転校してあの町に行かなかったら出会え無くて。
もし何か一つでも歯車が違えば、あの年感じた思いは、重ねた日々は、確かめた熱は、無かったのかも知れないのだ。

「−俺達が出会うべくして出会ったんなら、運命ってやつも悪くない、な」
「うん」

失くしたものもあったけれど、多分、得たものは一生ものの価値があって。
あの頃の未来で今、自分達は共にいる。
そしてこれからの未来にだってきっと、共に在るのだろうと信じれるから。

「へへ、何せ死線を共にして世界の平和を守っちゃった仲だし?」
「相棒呼びはちょっと恥ずかしかったけどなー」
「な、何ですって!?一年越しの衝撃の事実…!」
「ははは」

大袈裟に驚く陽介に蒼夜は笑んだ。

「ま、これからも一つ宜しくな、相棒」
「相棒呼びは恥ずかしいんじゃないのかよー」
「まあ、陽介ちゃんたら拗ねちゃって」
「…お前、キャラ変わってね?」
「ははは、演劇の賜物…って言いたいとこだけど。陽介に似てきただけかも」
「なんだそりゃ」

半眼で蒼夜を見た陽介。
しかし瞬時顔を見合わせた二人は、思わず吹き出してしまう。

「こちらこそ宜しくな」
「うん」

何度も巡る季節の、何度も巡る一瞬一瞬を積み重ねた未来を、共に。
そんな夢物語の様な願いを誓いに変えて、二人は今日も幸福な笑みを浮かべている。



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