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陽介は気が気では無かった。
学校が違うと言うのがこんなにももどかしいものだとは思わなかったのだ。

「はぁ…」

蒼夜が作り置きしてくれた晩御飯を一人、テレビなぞを見つつ食べる。
そう、この家に今、陽介は一人なのだ。
一緒に住むようになってから二週間が過ぎたが、晩御飯を一人で食べるのは初めてである。
それと言うのも、蒼夜はどうやら演劇サークルに所属したらしく、今日は歓迎会と言う名の飲み会なのだ。
しっかりした蒼夜の事だから羽目を外したりはしないだろうが−まあそれ以前にまだ未成年であるのだが−しかし、彼の人はめっきり酒に弱い。
先輩に勧められれば断れず、口にしてしまうかも知れない。
老若男女問わず好かれる彼の人が、酔っ払った勢いで無防備な姿を晒してしまう事態になったらどうしようか。
陽介はそんな取り留めない事ばかりを一人考え続けているのである。

「俺…ちとキモいな…」

蒼夜とて男であるのだし、そこまで心配する事も無い筈だ。
しかしそれでも、自分の知らない世界にいる事を思うと不安でいたたまれない。
このまま帰って来なかったら、なんて考えにまで飛躍して、陽介は気が付けば携帯を手に取っていた。
此処最近の着信履歴は彼の名ばかりで、それが余計に思いを募らせる。
リダイヤルして携帯を耳に押し当てると、聞き慣れた電子音。
それを3回程繰り返し、蒼夜との世界が繋がった。

『もしもし?どした陽介』
「あー…と…」

かけたものの、陽介は言葉に詰まる。
心配で、何て同じ歳の男に言う言葉でも無いし、言っても怪訝そうな声が返ってくるだけだろう。
しかし用事などがある訳でも無く、強いて言うなら会いたい、が1番しっくり来るかも知れない。
しかしそんな逡巡をしている陽介を知ってか知らずか、蒼夜は不意にくすりと笑った。

『なんかよく解んないけど、ちょうど良かった』
「え?」
『まだ起きてるんだろ?』
「うん…?」
「−じゃ、一緒に飲も?」
「うわ!」

突然背後から直に響いた声に陽介は驚いて思わず携帯を落としてしまう。
慌てて振り向くとそこには見慣れた顔があって、陽介はただぽかんと蒼夜を見遣った。

「う、え、ちょ、早くね?帰ってくんの」
「何だよ。駄目か?」
「いや、駄目じゃねぇけど…」

もごもご呟く陽介の隣りに腰を下ろし、蒼夜は持っていたコンビニの袋からビールの缶を取り出してプルタブを開ける。
そしてそれをぐいっと一口煽ると、途端にふらりと蒼夜がよろけ、陽介は慌ててその体を受け止めた。

「…誰かさんの顔がちらついて落ち着かなかったんだよ」
「え?」
「だぁーからぁ…陽介が寂しんボーイしてるんじゃないかと思ったら…顔見たくなったんだクマー」
「なんでクマ化してんだよ!…蒼夜」

思わずつっこんでしまってから、陽介は腕の中で赤い顔をする蒼夜を見て笑みが湧いて来てしまうのを禁じ得ない。
まるで以心伝心だ。
学校に行っている間だって離れ離れだと言うのに、昼間と夜では恋しさが違う。
それは家に一人が慣れないからかも知れない。
−つまり、蒼夜の言う通り自分は寂しかったのだろう。
陽介はぎゅうっと蒼夜を抱きしめ、その柔らかい髪に鼻先を埋めた。

「有難う。すげぇ寂しかった」
「うん…」
「蒼夜」
「んー…ふふ。くすぐったい」
「好きだクマー」
「なんでクマ化?」
「…いや、お前が先に言ったんだろ。改めてつっこまれると超はずいんですけど」
「あはは」

蒼夜はやはり少し酔っているのかけらけら笑って、陽介の髪を掴むと、突然キスしてくる。
驚いて固まる陽介の首に腕を絡ませると、顔中に何度も口づけた。

「そ、蒼夜…」
「えへへ。んー」
「…この酔っぱらい」
「んー?んふふ」

陽介はムラッとしてソファーに蒼夜を組み敷く。
しかし蒼夜はまだ笑っていて、陽介はその笑みを止める様に首筋に噛み付いた。

「…ん…んん、んー…は、痛…」

ちゅぅぅっときつく吸い付くと、白い肌に鬱血の跡がつく。
蒼夜からは笑みが消え、代わりに潤んだ熱っぽい眼差しが陽介を見た。

「よーすけぇ…すんの…?」
「…嫌か?」
「ううん…」
「ん…」
「でも…」
「ん?」

仕返しとばかりに顔中を唇ではむ陽介に、蒼夜はとろんとした笑みを浮かべる。

「すげぇー…眠い」
「な、何ですって!ちょ、蒼夜さん!俺の息子が臨戦体制なんですけど!?」
「ぐー…」
「ってもう寝てんのかい!」

全力でツッコミを入れた陽介に、しかし蒼夜は心地良さそうな寝顔を晒している。
むにゃむにゃとそれがあんまり幼くて幸せそうな笑みを浮かべているものだから、陽介は起こす気にもなれずにそっと上から退いた。

「たく…一種拷問だぜ」

溜息を吐きながら、しかし陽介は寂しさなど何処かに飛んでいってしまっている事に気付いて苦笑した。
人付合いを大切にする蒼夜が、自分の為に恐らく申し訳なさそうにしながら一次会だけで帰って来てくれたのだろう。
それを思うだけで、愛されているのだと実感出来た。

「…起きたら目一杯、愛し返してやるからな」

相手が寝ているからこそ投げ掛けれる言葉を呟き、陽介はそっと蒼夜を抱えて寝室に運ぶ。
そして自らも眠りに落ちるまで、飽く事無く、その緩い寝顔を見続けた。



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