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「うっはぁーやってるやってる」

いつもは閑散としている神社が賑わう事など、年にそうそう無い。
そんな数少ないお祭りの夜、足立は蒼夜と明かりに照らされた神社を訪れていた。
蒼夜が友人達と祭に行った話しをしたら、足立が自分も行きたいと言い出し、仕事の終わりを待ってやって来たのである。
いい歳の男が一人で来るのも寂しい為、暫く祭などには行った記憶が無い足立だが、やはりこの独特の雰囲気は気分を高揚させた。
露店に走り寄って眺めては何かしら買い込んでしまい、手当たり次第両手に抱える姿が、まるで大きな子供だと蒼夜に笑われる。

「そんなに買ってどうするんですか」
「いやーついつい」

へへ、と笑ってごまかす足立に蒼夜が仕方ない人だと笑い返していると、不意に人影が近付いて来た。

「センセー!」
「月宮!なんだ、お前も来てたのか」
「陽介、クマ」

現れたのは蒼夜とよくジュネスにいるのを見かける少年達だった。

「お前、暇だなぁ。昨日も来たのに」
「陽介もだろ」
「俺は…クマが”あのふわふわを忘れられないクマ!”とか言って無理矢理連れてこられたんだよ」
「ふわふわ?−ああ、わた飴か」
「ふわふわでウマウマね」

クマはわた飴を食べながらご機嫌なスマイルを浮かべている。
陽介はそれをじと目で見ていたが、漸く蒼夜の後ろに足立がいる事に気付いて首を傾げた。

「足立…刑事と来てんの?また不思議な組み合わせだな…」
「え、う、うん」

指摘された蒼夜は心なしか困った顔で曖昧に頷く。
その態度に足立は嗚呼、と納得した。
酷く大人びてはいるが、蒼夜は高校生だ。
彼に改まって性癖を確認した事は無いが、足立を好きだと言うからには、多少なりともそういう思考があると言う事である。
寧ろ完全に開き直ってる訳で無いのならば、それはばれたく無い事だろう。
特に閉鎖社会である学生時代に、同級生には。
ならば足立にしてやれるのは一つである。
足立は噛んでいたイカ焼きを飲み込むと、へらっと笑って陽介に向き直った。

「やーやー、君もお祭?やっぱ狭い町だと知り合いに会うよねー。蒼夜くんともそこで会ったんだけどさぁ」
「あ、そうなんすか。まー確かにちっさい町ですからね」
「ねー」

そう笑う足立を、蒼夜が少し目を開いて見上げた。
ばらしたりしないから大丈夫と言う意味合いをこめて視線を合わせたが、しかし蒼夜は直ぐに俯いてしまう。
その肩が少し、震えていた。

「蒼夜くん…?」
「−あ、宿題やろうと思ってたの忘れてた。俺、帰るな」
「げぇー、やな事言うなよー」
「陽介も早くやれよ」
「ういー」
「バイバイクマー」

二人に笑顔で返した蒼夜は、そのままの顔で足立さんもまた、と明るく言い、踵を返す。
少年達は気付かなかったが、しかし足立は気付いてしまった。
その明るさが含むわざとらしさに。
賑やかな神社を振り返らずに後にする蒼夜を足立が慌てて追う。
喧騒を振り切る速さで歩く蒼夜を人がいなくなった辺りで漸く捕まえた足立は、手首を掴んで振り向かせた。
その瞳は、水分を含んで今にも零しそうに揺れていた。

「蒼夜、くん…?え、え?ど、どうしたの?」
「な、でも無いです…」
「何でもないなら泣かないでしょ」
「………」

蒼夜は下唇を噛んで、涙を引っ込めようとしている様だ。
足立は困って頭を掻いた後、腰を折って蒼夜と目線を合わせる。
そして出来るだけ優しく問うた。

「どうしたの?言ってくれなきゃ、解んない、よ?」
「………これ、は、俺の問題なんです…」
「ん?」
「…解ってるんです…だけど、思ったより冷静でいられなくて…」
「えっと…?」

蒼夜の口に出す言葉は断片的過ぎて足立には核にたどり着け無い。
それでも辛抱強く言葉を待っていると、蒼夜はやがてゆっくりと心を吐き出した。

「足立さんが、俺といる事で…世間体悪くなったりとか、色んな噂たてられたりしたら困るから…一緒に住んでる事とか、気付かれ無い様にしようって、ちゃんと思ってるんです…けど、やっぱ…足立さんに無かった事にされるの…思ってたよりつら、辛く、て…俺…」
「蒼夜くん…君…」
「ごめ、ごめんな、さい…俺、勝手に押しかけてる上…に、こんな…」

ひくっと、とうとう蒼夜はしゃくり上げながら泣き出してしまう。
いつも穏やかで冷静で、大人びた態度をとる少年が、今はひどく幼く見えた。
でも大人な態度をとるのは、周りに迷惑をかけたくない、と言う根底から来ているのだと、今の足立には何と無く解る。
今も蒼夜は、必死で幼い感情を閉じ込めようと涙を拭っていた。
足立は苦笑して、その体をぎゅっと腕の中に収める。
思っていたよりもずっと小さい少年に足立はまた苦笑した。

「あのねぇ、蒼夜くん。突っ走りもいいとこだよ」
「え…?」
「僕はねぇ、逆に君がばれたくないのかと思ったんだよ。思春期の青少年がこんなおじさんを好きなんてさ、ほら、いじめとか、あるかも知れないじゃない。学生ってさ、そういうのに過敏でしょ」
「俺は…別に何言われても良いんです…でも、足立さんが…」

なお言い募ろうとする蒼夜の唇を、足立が塞いだ。
言葉として発せられる筈だった息が出口を無くし、驚いて固まる蒼夜の心臓に痛みとして戻る。
心拍数が跳ね上がって、少年の顔がみるみる真っ赤になった。

「蒼夜くんさ、もう少し、一緒に考え無い?僕だって君が好きなんだからさ、そういう色々は二人で考えて行こうよ」
「な、う、あ」
「うん?」
「俺…の、事…え?す、好き…?」
「え、何でそこ、驚いた顔するのかな?」
「や、だ、だって…足立さんに、言われた事無い…」
「え…そうだっけ…………いや、でもほら、抱きしめたりとか、ちゅーしたり、してる、し…」

いっそかわいそうなぐらい赤くなる蒼夜に足立は言い訳めいた事を口にするが、直ぐに打ち消した。
そうだ、学生時代は確かに告白してお付き合い、が普通なのだ。
大人になると真正面から告白する事なんてあまりなく、雰囲気で感じとるものなのだが、そんなものは未成年の蒼夜に通じる筈が無い。
失念していた。
すっかり通じていると思っていたから。

「えーと…そっか、そうだよね」

足立はこほんと一つ咳ばらいをして、蒼夜から一本離れた。
そして真っ直ぐ少年を見遣る。

「蒼夜くんが、好きです。付き合ってください」
「−−−はい」

少しオーバーなアクションで差し出された足立の手を、蒼夜が笑みながら掴む。
俺で良ければ、と笑った顔が、足立にはとても綺麗に見えた。

「うはー、告白するなんて凄い久しぶりだよ。緊張しちゃった」
「…でも、凄く嬉しいです」

へへ、と笑った少年は歳相応の幼い顔をしていて、漸く足立は蒼夜と、ちゃんと向き合えた気がしていた。
それが何だか嬉しくて、足立は蒼夜の手を握ったまま歩き出す。
目指すのは、我が家だ。

「帰ろう、か」
「はい」

暗に、あの部屋が蒼夜の居場所でもあるんだと篭めた言葉。
それが伝わっているのは、強く握り返してきた手が物語っていた。




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