今日の兄さん(2014年)

□12月4日
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毎年恒例、どうにもならない年末へ向けた気忙しさに、殺伐とした執務室から逃れ、ついでに寒くとも外の空気が吸いたくなり、ハボックは外へ出た。まあ、外といっても、軍敷地内であるし、そもそも執務室のある棟の外でしかない訳だが。
一応は昼食時であるから、特別咎められはしない。今日も残業かなーなどと考えつつ、煙草に火を点けて、名前も知らない木に身体を寄せた。
今日は昨日の風は止み、日向であれば程よく暖かい。
軍といえど、女性は少なくない人数いて、小鳥のさえずりのようなどこからかしてくるのは、この暖かさに外でランチを決めているグループがいるのだろう。彼女らの会話に、聞くともなく耳を傾ける。いつぶりかもうわからない合コンに行きたいなあ、などと考えつつ。
「見たよー!廊下歩いてたらすれ違っちゃった!」
「ええーうらやましーぃ。どっち?」
「少佐!」
「弟くんの方か!いいなあ!」
なるほど、兄弟で少佐など、他には知らない。彼女らの話題は、ハボックの上官殿ときている。すれ違うだけで、こうも彼女らの心を鷲掴みとは、羨ましい限りである。
「私、この間ね、キスしてるとこ見ちゃった。」
おいおい、と、流石のハボックも聞き耳に本腰を入れる。見過ごせないようなスキャンダルならば、緘口令を引かねばならぬ。
というか、羨ましい。相手は誰だ。
後で本人に聞く前に、情報収集といこう。
彼女らは、言葉にならない歓声をあげて最高潮だ。
「相手はもちろんエルリック大佐。」
なんだ、大将か。
「ほっぺによ、ほっぺ。…でもね、ほとんど唇。もう、ね…」
ハボックも、聞き手の彼女らとは反して幾分テンションを下げて、男同士でキスなどとは、流石に嫌悪するよなと考えつつ、元の木の幹に身体を預ける。
「フィルムに残せたら、永久保存版よ!皆にも見せたかった!!」
「見たかったー!!」
あーはいはい。いい男は何してもオッケーなんスね。はいはい。
俺とブレダではこうはいくまい、と考えた事を心底後悔した。天地がひっくり返っても無い無い。
あの兄弟は、特殊な幼少時代を過ごしたせいもあるのか、他の兄弟では測れない絆の深さがある。キスなど、一緒に仕事をしていれば日常茶飯事で目にする。唇などほとんどないが、唇以外など、挨拶だ。
見慣れた自分であっても、時々驚くが。
彼女らも、髪にキスしているのを見ただの、手をつないでいたのを見ただの、ぴょんぴょん抱き合って何かを喜んでいただの尽きぬ目撃談合戦に、そんなのしょっちゅうだよなあ、でも確かに奴らなら微笑ましいから不思議だよなあと同意して、上がる紫煙の先を見る。今日もいい天気だ。

その見上げた上の階の窓から、噂の片割れの顔が覗いた。ハボックを見つけて、身を乗り出し手を降ってくる。
「大尉!サボりか?」
サラリと髪を零して、白い歯を惜しげも無く見せて笑うエドワードに、ハボックが応えて手を挙げる。
彼女らも気づいたのか、本日何度目かになる歓声をあげる。これではまるでムービースターだ。
短くなった煙草を靴の裏で消して、ハボックは短い休憩を終えたのだった。

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