負けないぞ!祭り

□始まりの時
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 ようやく念願を果たせた…とは言っても、それはアルフォンスの体だけで、エドワードの右腕左脚は未だ重く冷たい金属のままだった。
 エドワードにしたら、それでもいいと思っていた。弟の魂を固い鎧に閉じ込めたままの長い旅は、正直長くて苦しかった。子供時代、本当なら故郷で緩やかに過ごせていた日々を自分が浅はかだったために失ってしまったのだ。
 アルフォンスの体が取り戻せたなら、もう何も望まない。これからは、アルフォンスと二人、普通にいられる幸せの中で日々を生きていこうと思っていた。
 しかし――


「――家を出ようと思ってる」
 え、と聞き返したアルフォンスは、反射的に体が震えたのを感じた。手から落ちたコーヒーカップが皿に当たって、ガシャンと不快な音をたてる。
「兄さん?」
「とりあえず、セントラルへ行って…住むとことか決めてから連絡するから」
 愛しい兄からの突然の通達に、アルフォンスは頭が真っ白になる。
 え、なんで、兄さん、なにを言ってるの?
 パニックになったアルフォンスに、湯上がりで髪を拭きながらエドワードは言った。呆然としているアルフォンスの横に座る。
「な、なんで…僕も…」
「おまえは、ここで生きていくんだ、アルフォンス」
「なんで!?」
「俺たちは…俺はおまえから離れたほうがいい…」
 苦しそうな哀しそうな表情の兄を見ていると、心臓が痛い。
 アルフォンスにしたら、なぜ急にそんなことを言われたのかわからない。先ほどまで、何の変わりもなく過ごせていたはずだ。兄を怒らせるような失言も無かったと思う。
「兄さ…ん、僕、なんかしちゃった?」
「……」
「ねえ!言って!僕、なにかしちゃった!?兄さんを怒らせるようなこと!言ってよ、兄さん!そんなこと、急に言われてもわからない!わからないよ、兄さん!」
「おまえが…」
 取り乱して叫ぶアルフォンスを寂しげに見て、エドワードは口を開いた。
「おまえが…………だから…」
「なに?兄さん、なに?」
「おまえが、俺を見るときの目、辛そうで…苦しい」
「え…」
「おまえが、俺の機械鎧を見るときの目、あんな目をさせるなら俺はいないほうがいい。おまえが少しでも罪悪感とか苦痛を感じるなら、俺はこの家にはいられない」
 ゆらゆら揺らぐエドワードの金色の瞳は、深い慈愛と悲しみでアルフォンスを見ていた。
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