夜想う曲―ノクターンを君に ―

□月焉(ゲツエン)
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『月焉』




 不思議な感覚だった。
 いや、疲れ果てたといったほうが正しいか?
 全てを出しつくした充実感と疲労感が、全身を覆い動けなくしている。
 おそらくは窓の外では、太陽がすっかり上りきっている頃だ。
 暑くはないが、夏の気だるさにも似たようなものに、全身が支配されたままだ。
 何回やったっけ?
 アルフォンスは回転の鈍くなった頭で考え、すぐに止めた。
 どうせ覚えてないんだし。
 そうため息をついて、傍らでくうくう寝息をたてている兄を見た。
 昨夜のことは何だったのだろう。夢を見ていたのだろうか。
 そう思わずにはいられないほど、つやつやと血色の良い頬をしている。
 あの美しい光景は、忘れない。
 非現実的な兄の、幻のように美しい姿は、今もアルフォンスの脳裏に焼き付いていた。
 月光の化身、かぐや姫のようだった。
 吸血鬼だったっけ、と思い直して自身に苦笑する。
 柔らかな金糸をすいて、指での感触を楽しむ。まだ少し薔薇の香りがした。
 熟して美味しそうな唇に、触れるだけのキスを繰り返す。
 唇から頬に、額に、目蓋に…
 滑らかな肌の甘い香りに誘われる。
「ん……」
 苦しくなったのか、エドワードが首を揺らした。
 ちゅ…
 最後にひとつ、額にキスして、小さな体をきゅっと腕に抱きしめた。
「ん…ア、ル…?」
「…まだ、寝てよ?」
「うん…」
 身動ぎして起きかかったエドワードは、アルフォンスの胸元にぐりぐりと額を擦り付け、ほうっと息をついて、再びすうすうと寝息をたて始めた。
 この人が吸血鬼で良かった、と。
 信じてもいない神様に、生まれて初めて感謝した。


end
 

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