夜想う曲―ノクターンを君に ―

□月艶(ゲツエン)
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 帰宅して、まず目に入ったのは、手鏡に向かって『あーん』と大きな口を開けてる兄の姿だった。
「兄さん…」
「あ、おかえり」
 鏡から目を離し、こちらを向いてにっこり笑顔。可愛い。
「…何、してんの?」
「虫歯チェック」
 虫歯予防デーも近いし、と普段は出してない乱杭歯まで丸出しでチェックに余念がない。
 おかげで目は真っ赤だし、金髪はリビングからキッチンまで伸びていた。
「兄さん…」
「ん?」
「吸血鬼って、虫歯になるの?」
「さあ?でも虫歯になったら痛いだろ?保険証持ってないから歯医者すぐ行けないし」
 いや、そもそもヴァンパイアって鏡に写らないはずじゃないの?
 大学から帰ってきて、ツッコミどころ満載な兄の姿だったが、一緒に暮らしているうちにこんな天然な兄の天然な行動は日常茶飯事だと学習していた。
 軽くスルーすることにした。時間もったいないし。
「大丈夫だよ。兄さん、乱杭歯なんて使ったことないじゃない。それより、ちょっと今日は外行かない?」
「…行く」
 アルフォンスの言葉に引っかかるものはあったが、ちょっとムクレながらもエドワードは同意した。



 日中も大丈夫だとは言っても、やはり夜のほうがヴァンパイアであるエドワードには動きやすいようだった。
 丸い月が、艶のある光を放っている。
 吸血鬼というのは暑さ寒さもあまり感じない体質らしく、いつも黒の上下を着ている。
 もっと可愛いカッコすればいいのに…とアルフォンスが思っているのは、最近よりいっそうブラコンに拍車がかかったせいか。アルフォンスに言わせれば、「こんなに可愛い兄なんだから当然」のことらしいが。
 今日はアルフォンスのバイトも無いので、たまにはと夜の町に繰り出してきていた。
 もっとも、アルフォンスはもちろんデート気分だ。
「あ、兄さん、あんな服兄さんにも似合んじゃない?」
 街頭の巨大スクリーンに、今人気のモデルが映っていた。
 ペットボトルのお茶のCMらしく、中性的な顔立ちも相まって、どことなく色気が漂っている。
 いつも弟が立ち上げたブランドの服を着ているそのモデルも、エドワードと同じように小柄なので、きっとエドワードにも同じような服が似合うと思った。
「あーいう服装って分かんない。オレ、吸血鬼だし、きっと似合わない…」
「吸血鬼は関係ないと思うよ。たまには黒じゃなくて、明るい色も似合うと思うけどね」
「黒こそ、闇に生きる者にふさわしい…」
「日中も平気で出歩いてるじゃない、兄さん」
「……」
 最近アルフォンスの言葉が冷たい。
 なんだか…心がざわつく。
 もしかして、という不安が沸き上がったエドワードは、そっとアルフォンスの顔を見た。
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