夜想う曲―ノクターンを君に ―

□哀歓(アイカン)
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 昼間の暑さも和らぎ、夜は秋の虫の声も聞こえるようになってきた。たまに吹く風も冷たく、すっかり秋の到来を示していた。
 先日のちょっとした事件以来、エドワードとアルフォンスは元の平穏な生活を過ごしていた。すっかり、と言えないのはアルフォンスの頭から、あの兄と同じヴァンパイアのアルフォンス・ハイデリヒのことが離れないからだ。
 忘れようとしたって忘れられない、その自分と同じ顔の吸血鬼が言い残した言葉は、トゲのようになってアルフォンスに刺さっていた。
 そんな中、町に出て買い物をしながらデートを楽しんでいた時のことだった。
 浴衣を着る時期ではなくなったのが残念だが、アルフォンスが選んだそれなりに可愛い服を着てくれるようになったし、歩いても汗ばむ不快感が無いのが嬉しい。
 ふと、通りすがりの店から、柔らかな音色が聞こえてきた。ガラスみたいな、透明感のあるそのメロディに、エドワードは心当たりがあった。
「どうしたの?」
「ん…いや…」
 足が止まった兄が見ている店は、最近出来た輸入品のアンティーク小物や家具を扱っている店だった。たしかアルフォンスの大学の女の子たちも、自分たちにも手が届くオシャレな品が多いとウワサしていた。
「入ってみようか、兄さん」
「うん…」
 音の元を追ってみると、蓋が開いてディスプレイされている小さな木製の箱に行き当たった。素朴な、今流行りの華美な装飾はないが、細かい彫刻の細工が美しい。ずいぶん古い物のようだが、元の持ち主が大切にしていたのか、破損もなく音色も澄んでいる。
「オルゴール、だね」
 アルフォンスの言うように、蓋を閉めるとギッと小さな音がして、曲が止まった。
 ひっくり返すと、裏側に引っ掻いたような文字が彫ってある。
「あれ?何て書いてあるんだろ?」
「ノクターン。母さんが好きだった曲だ…」
「それは…」
「オレたちの、本当の母さんだよ、アル」
 まるでそのオルゴールが、亡き母の持ち物だったかのようにいとおしげに撫でるエドワードに、
「買って帰ろうよ」
と、アルフォンスが言った。
「え、でも…」
 そのオルゴールはアンティークとしては安いのだろうが、やはり輸入品なだけあって、アルフォンスの経済状態では少々高かった。でも、迷うエドワードの目が「欲しい」と雄弁に語っている。
「買っていこうよ。僕もそのメロディ、家でゆっくり聞きたい」
「じゃあ、オレが買う」
「いいよ。僕から兄さんへプレゼントさせて?」
 たぶんエドワードのほうが、バイトに精を出すアルフォンスより経済力では上だろうが、このオルゴールはどうしても兄に買ってあげたかった。日頃、物に執着しないエドワードが、珍しく欲っしたものだったから。
「…ありがとう」
 そう呟くように言って、エドワードは顔を綻ばせた。
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