今日の兄さん(2011年)

□12月12日
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 忙しい時と暇な時に、こうムラがある仕事もそう無いかもしれない。尤も、医者が忙しかったら、世の中不穏なのだけれど。
 エドワードは、その集中力と持ち前の天才的頭脳で、中央の統括部に提出する書類は一気に書き上げてしまう。国家錬金術師だった頃に、毎年レポートをギリギリまで忘れてた挙げ句に、それでもちゃんと間に合わせていた賜物だ。
「…せんせー、今日はずっとノートに向かってるね」
「書類は昨日で全部済んでるから、時間が余ってるのよ」
 学会で発表したり、軍関係の会議でプレゼンしたりすることもあるから、時間があるときにいろいろまとめているらしい。3日ほど前にピラウから渡されたノートに、ガリガリと書き込んでいた。相変わらずファンシーなノートには似合わない、高度な知識が記されているのだろう。昨日も、ペンの滑りとインクの吸収が良いと、絶賛しながら書いていた。
「よし!でーきた!」
 どうやら、一段落ついたらしい。ノートも、ほとんど裏表紙に近い。あと2〜3ページくらいしか残ってないのでは?
 金色の美貌を、スッキリした満足そうな表情にして、ノートを閉じていた。
「先生、お茶にしますか?」
 邪魔にならないように近寄らなかったトリアが、ようやくエドワードに声をかけた。
「んー、まだ後でいいや。オレ、ちょっとアルんとこ行ってくるから、適当にやっててよ」
 今日はオヤツにも興味が無いらしい。椅子から立ち上がって、さっさと行ってしまった。




 軽くノックしてから、司令官直属の執務室に入る。
「アル〜」
 間違うことなく、自分の最愛の弟のそばへ行く。
「兄さん?」
 アルフォンスの目が、エドワードが持っているノートに止まった。
「あ、これな。新しい錬成式組んでみたんだ」
「へえ〜」
 受けとった、顔がリボンつけたドクロな雪だるま模様のノートを、パラパラ捲る。
「…なんか…すごいね…」
「だろー?なあ、これ、おまえ発動させてみてくれないか?」
「え…」
 改めてノートの最初から読み解く。
 そして、最初のページから躓いた。
「兄さん、あのさ…」
「ん?ちょっと長いけど、そんなに凝ったもんじゃないだろ?」
「いや…」
 アルフォンスの背中に、嫌な汗が伝う。口から出る言葉だって、しどろもどろだ。
 アルフォンスだって国家錬金術師だし、兄に勝るとは言わないが、それなりに技量はあると自信はあった。アメストリスでは5指に入るだろうと言いつつ、誰にも負ける気はしなかった。
「アル?どうした?」
「…兄さん、ごめん…僕、これ発動させたら確実にリバウンドする」
「え、何か間違ってた?」
「いや…僕…これ理解するのに、2〜3ヵ月かかりそう」
 エドワードの目が大きく開いて、パチパチ瞬きした。
「え、マジかよ」
 信じられないといった風だ。
 アルフォンスだって、信じたくない。信じたくないけど、事実だ。理解もしてないのに発動するなんて、危険極まりない。
「そっか…」
 残念そうにする兄に、ノートを返した。
 泣きたいのはこっちだと、アルフォンスは思う。やはり、兄にはかなわない。
 どこかしょんぼりして帰っていくエドワードを見ながら、心がビショビショになっていたアルフォンスだった。




end
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