連載小説・T
□芽生え【六ノ刻】
2ページ/2ページ
「睦月」
「ん?」
「笑っても、好いよ」
「どうして?」
「自分でも分かってるから。幼稚な事してるって、馬鹿みたいだって分かってるから。だから笑っても好いよ」
「俺は、もう笑ってるよ。嬉しくて」
「嬉しい?」
「うん。こうやって樹月と手を繋げて嬉しい」
そう言う睦月は本当に笑っていた。
馬鹿にした笑顔ではなく、優しい優しい笑顔だった。
「慰めなくてもいいよ。馬鹿馬鹿って笑いとばしていいよ」
「そんなふうに思ってないよ」
「睦月、本当に……」
「本当に思ってないよ」
さっきまで冷えてた廊下が、素足が、今は温かい。
「本当に?」
「うん」
「迷惑じゃない?」
「うん」
「信じるよ?」
「信じてよ」
繋がれた僕と睦月の手を、睦月が口元に運び、口づける。
僕の手だけを、口づける。
「樹月、俺を信じて」
手だけが熱くなって、手だけが赤面して、鼓動が止まらない。
色んな想いがごちゃ混ぜになり、荒波のように僕に押し寄せてくる。
それは今まで感じた事のない想いばかりで、僕は戸惑ったけど、それでも、この想いを絶対に手放したくないと思った。
手放しちゃいけないと思った。
波は静まらず、
どんどんどんどん荒れ狂い、
睦月の事しか頭に入らない。
睦月の事しか考えられない。
睦月の事しか見えない。
睦月の事しか、
愛せない。
僕は睦月の肩に軽く頭を乗せた。
もう一度、抱き締めてほしくて。
もう一度、口づけてほしくて。
そしたら睦月は、僕の手を口づけたまま抱き締めてくれた。
手だけじゃなく、頬にも、額にも、首筋にも、瞼の上にも口づけてくれた。
いっぱいいっぱい口づけてくれた。
僕のしてほしい事を睦月はしてくれる。
手だけが赤面していたのに、顔中赤面してしまった。
全身赤面してしまった。
真っ赤になった僕は、まるで紅い蝶。
そしたら睦月と二人で羽ばたける。
二人で羽ばたきたい。
睦月と一緒に空を舞いたい。
僕は、睦月の耳元に唇を寄せ、囁いた。
「うん。信じる」
この日、
僕と睦月は、
互いに生まれ育ったこの家で、
接吻した。
この狭い廊下が、地平線のように永遠に続けばいいと願った。
そしたら、永遠に睦月と手を繋いで歩いていられる。
睦月を失わずにすむ。
初めて知ったこの想いが膨らむにつれ、儀式が今以上に重荷になろうとは、この時の僕はまだ知らなかった。
ただ、目の前にいる愛しい弟の唇を、無我夢中になって求めていた。
これが、幸福という地獄の始まりだったのに。
.