連載小説・T

□芽生え【六ノ刻】
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「睦月」

「ん?」

「笑っても、好いよ」

「どうして?」

「自分でも分かってるから。幼稚な事してるって、馬鹿みたいだって分かってるから。だから笑っても好いよ」

「俺は、もう笑ってるよ。嬉しくて」

「嬉しい?」

「うん。こうやって樹月と手を繋げて嬉しい」




そう言う睦月は本当に笑っていた。


馬鹿にした笑顔ではなく、優しい優しい笑顔だった。




「慰めなくてもいいよ。馬鹿馬鹿って笑いとばしていいよ」

「そんなふうに思ってないよ」

「睦月、本当に……」

「本当に思ってないよ」




さっきまで冷えてた廊下が、素足が、今は温かい。




「本当に?」

「うん」

「迷惑じゃない?」

「うん」

「信じるよ?」

「信じてよ」




繋がれた僕と睦月の手を、睦月が口元に運び、口づける。



僕の手だけを、口づける。





「樹月、俺を信じて」





手だけが熱くなって、手だけが赤面して、鼓動が止まらない。


色んな想いがごちゃ混ぜになり、荒波のように僕に押し寄せてくる。


それは今まで感じた事のない想いばかりで、僕は戸惑ったけど、それでも、この想いを絶対に手放したくないと思った。

手放しちゃいけないと思った。






波は静まらず、

どんどんどんどん荒れ狂い、



睦月の事しか頭に入らない。


睦月の事しか考えられない。


睦月の事しか見えない。








睦月の事しか、


愛せない。











僕は睦月の肩に軽く頭を乗せた。


もう一度、抱き締めてほしくて。


もう一度、口づけてほしくて。



そしたら睦月は、僕の手を口づけたまま抱き締めてくれた。


手だけじゃなく、頬にも、額にも、首筋にも、瞼の上にも口づけてくれた。


いっぱいいっぱい口づけてくれた。





僕のしてほしい事を睦月はしてくれる。


手だけが赤面していたのに、顔中赤面してしまった。


全身赤面してしまった。




真っ赤になった僕は、まるで紅い蝶。


そしたら睦月と二人で羽ばたける。


二人で羽ばたきたい。


睦月と一緒に空を舞いたい。







僕は、睦月の耳元に唇を寄せ、囁いた。





「うん。信じる」













この日、


僕と睦月は、


互いに生まれ育ったこの家で、


接吻した。












この狭い廊下が、地平線のように永遠に続けばいいと願った。


そしたら、永遠に睦月と手を繋いで歩いていられる。


睦月を失わずにすむ。










初めて知ったこの想いが膨らむにつれ、儀式が今以上に重荷になろうとは、この時の僕はまだ知らなかった。



ただ、目の前にいる愛しい弟の唇を、無我夢中になって求めていた。











これが、幸福という地獄の始まりだったのに。













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