連載小説・T

□紅い手形【五ノ刻】
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「睦月?」




あぁ、俺、やばいなぁ……。


あんなふうに泣きじゃくる樹月を見ちゃったから、あんなふうに身体を震わせながら俺にしがみつく樹月を抱き締めちゃったから、樹月と離れたくなくなっちゃったじゃん。




樹月、さっき俺に言ったよね。



「行かないで。ここに居て」


って。




ここに居るから。樹月の側に居るから、だから、樹月も俺から離れないで。





「えっと……、睦月?」




まだ、こんなことしか言わない樹月は、なんて無防備すぎるんだ。


なんて警戒心がなさすぎるんだ。



反対方向を見ている俺達は、想い合う気持ちも反対。



樹月は〔弟〕として俺を愛すけど、



俺は……、俺は…………。






「涙、止まったみたいだね」




樹月をおもいっきり抱き締める事が出来ないこの現状が、長時間抱き締めていられないこの現状が、熱を出した時よりも苦しい。


身体を離せば樹月の顔と向かい合えるけど、それでも何も出来ない。


何かしたくても、何も出来ない。



勇気があると見せかけて、俺はこんなにも臆病だ。





「睦月、ごめんね」

「謝る相手が違うんじゃない?」

「え?」

「千歳。それに、八重と紗重」

「あ……」




樹月はすぐに謝る。


好く言えば、素直。


悪く言えば…………、




「ねえ、今日が初めて?」

「え?何が?」

「そんなふうに泣いたのは、今日が初めて?」

「この年齢になってから泣いたのは、初めてかな」

「そう」

「もう、あんなふうにみっともなく泣かないから」

「泣いてよ」

「え?」

「俺に隠れて、こっそり泣いたりしたら許さない。それに泣くのはみっともなくなんかないよ」

「睦月……」

「泣きたくなったら、俺のところに来て。絶対来て」




本当は樹月と俺が紅贄祭の〔双子御子〕として選ばれたあの日から、樹月は誰にも気づかれないように、声を押し殺して泣いていたんじゃあ……。


樹月は俺に嘘をついているんじゃあ………。



――――なんて思ったりしたけど、樹月は嘘をつける人間じゃないし、もし嘘をついていたとしても、樹月の場合、顔と態度にすぐ出るだろう。



嘘をつけない樹月は、嘘が下手な樹月は、悪く言えば、




「睦月、ありがとう」




お人好しで、馬鹿正直。







「一緒に千歳のところに行こう」

「うん。千歳、僕のこと怒ってるだろうな」

「例え怒ってても、嫌いにはなってないよ」

「うん」




俺が、そうなように。










樹月。俺はたくさん嘘をついてる酷い弟だけど、それでも樹月の手形が欲しい。




樹月の、樹月からの、


愛が欲しい。









樹月を抱き締めるんじゃなく、


抱きたいよ。













今、この縁側で起きた出来事は、とても短い夢物語だった。















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