連載小説・T

□紅い手形【五ノ刻】
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「睦月、ごめんね」

「謝る相手が違うんじゃない?」

「え?」

「千歳。それに、八重と紗重」

「あ……」




そうだ。僕はこの三人に不愉快な思いをさせてしまったんだ。


そんな懺悔の気持ちでいっぱいの僕に、睦月が意味深な事を聞いてきた。




「ねえ、今日が初めて?」

「え?何が?」

「そんなふうに泣いたのは、今日が初めて?」




そういえば、泣いたのは何年ぶりだろう?


うんと小さい頃に大泣きした記憶があるような、ないような…………。




「この年齢になってから泣いたのは、初めてかな」

「そう」




泣いてない年月が長過ぎて、泣き方などすっかり忘れていたと思っていたのに、こうも簡単に涙腺が緩むなんて、まるで赤ん坊みたいだ。




「もう、あんなふうにみっともなく泣かないから」

「泣いてよ」

「え?」

「俺に隠れて、こっそり泣いたりしたら許さない。それに泣くのはみっともなくなんかないよ」

「睦月……」

「泣きたくなったら、俺のところに来て。絶対来て」




だとしたら僕は、祭りの日まで、ずっとずっと、睦月と離れる事は出来ないよ?


だって僕は、いつもその事で、睦月の事で泣きそうになるんだ。


涙を流していなかったこの長い年月は、涙が溜まるには十分すぎる期間だ。



あんなに大泣きしても、僕からしたら、あれはまだほんの一部分。


泣いても泣いても、どんどんどんどん沸き上がってくるんだよ。


それを睦月はどうやって対処するの?


本人の僕ですら対処方法が分からないのに、睦月は対処方法を知っているの?


もし知っているのなら僕にも教えてよ。


教えてくれないのなら、僕は行くよ。


他の誰でもない、睦月のところに行くよ。

真っ先に行くよ。


だから睦月も、泣きたくなったら僕のところに来て下さい。


僕に隠れて、こっそり泣いたりしたら許さない。




「睦月、ありがとう」

「一緒に千歳のところに行こう」

「うん。千歳、僕のこと怒ってるだろうな」

「例え怒ってても、嫌いにはなってないよ」

「うん」





睦月がくれた一つ一つの言葉が、僕の両耳から身体全体に染み込まれる。


僕は、それがとても心地好くて、どこか物足りなかった。




あんなに流した涙が、どうやってぴたりと止まったのか、その答えすらも分からずにいた。


その答えを追究しようともしなかった。




ただ、目の前にいる睦月の首をひたすら眺め、ここに僕の手形を、蝶の印をつける事だけを、それだけを考えていた。












ねえ、睦月。


僕も、睦月の事を抱き締めたくなったよ。











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