連載小説・T

□叶わぬ恋。伝えられない恋心。
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「俺が、このおまんじゅう全部食べちゃおうかな」

「え?」

「馬鹿な樹月の分は残してやらない」

「え?馬鹿……?」

「樹月は馬鹿だよ。紗重がこんなにも想ってくれているのに、それに少しも気がつかないなんて」




睦月だけじゃない。


八重も千歳も、紗重の気持ちに気づいているのに、紗重の気持ちを知っているのに、樹月だけが…………。





「……怖いの」

「怖い?」

「私の気持ちが知られて……、樹月君と気まずくなるのが怖いの。樹月君とぎくしゃくしたくないの」




分かりすぎる紗重の言葉に、睦月は目頭が熱くなった。



自分と同じだ。と……。




弟の本心を知ったら、どんなに優しい樹月だって、きっと……、きっと…………。







「睦月君、おまんじゅう食べて」

「え?」

「先に、二人でいただいてましょう」




紗重が睦月の前におまんじゅうの箱を差し出す。


そして睦月も樹月同様、紗重が以前に会った時よりも痩せたと思った。


それでも、身体は細くとも、樹月を想う恋心は太いのだ。




「紗重、食べて好いよ。俺は……」



樹月を待っていたい。





「やっぱり。そうは言っても樹月君を待つのね」

「え?」

「睦月君、顔、赤いよ」

「えっ!?」

「冗談」




紗重はくすくす笑っていたが、睦月には通用しない冗談だった。


冗談とは思えない。


冗談には聞こえない。




「私、時々今みたいに思うの。睦月君には適わないんじゃないかって」




紗重が箱の蓋を閉める。

今度はとてもすんなり閉める事が出来た。


だけど睦月の心情は穏やかではなく、自分もおまんじゅうと一緒に閉じ込めてほしいと願った。


この憎悪の塊を、甘い甘いあんこと一緒に隠し、あんこと一緒に溶けてほしい。




紗重は大切な幼なじみ。


その紗重に、大切な兄を取られたくない。




睦月の着物の所々の部分が、着物を身につけている本人の手によって皺(しわ)になっていた。













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