桜様に捧げます
ルルーシュ女の子
スザクとルルーシュは婚約者
僕らの約束
…君は、忘れてしまったの?
いつも自分たちは一緒にいた。本当に、いつも。それは自分にとってはとても嬉しいことだとスザクは微笑んだ。
スザクにとってルルーシュは自分の全てと言っていいほどの存在だった。昔から一緒にいて、そしてスザクにとってルルーシュは守るべき対象で愛するべき存在だった。
そしてルルーシュが婚約者になって、スザクはとても喜んだ。それはルルーシュも同じだった様な気がする。ルルーシュもそれを受け入れてそして嬉しそうに笑ってスザクの名を呼んだ。スザクも嬉しくて嬉しくてルルーシュの愛情を何度も確かめた。
だけど同時にそれはルルーシュは“自分のもの”だという思いが強くなった。
ルルーシュは自分の婚約者なのだから自分だけを見ていなくてはならない。だからもっと愛情を。ルルーシュの全ての愛情が欲しかった。
月明かりに照らされるルルーシュの黒髪をそっと撫でる。寝ているルルーシュの顔はどこか幼さが残っていて。
髪の毛は自分の指の隙間をするりと通り抜けて。だけどそれは同時に何かを暗示しているようだった。自分の愛情すらルルーシュにとっては何ともなくてそしてこのように自分を通り抜けてしまいそうで。そんなことを考えてしまって頭を振る。そんなことは絶対にないと。
誰も知るわけがないんだ。揺らぐ心の行き先なんて。
気づいていたら、何か変わっていただろうか。
人の心の中なんて誰にも分からない。分からないからこそ知りたくなる。
「ルルーシュ」
後ろ姿に呼びかければルルーシュは振り向いて微笑んだ。その笑顔は優しくて。
「スザク」
ルルーシュの全てを知りたい。ルルーシュの思っていることを全て。ルルーシュの、全てを。
何度そう思っただろう。自分の全てがルルーシュだから、ルルーシュもそうであって欲しいと思うことは我儘だろうか。でも、そうであるはずなんだ。自分もそうなのだから。
でも真実はどうかなんてわからない。ルルーシュがどんなことを思っているかなんて。真実を映し出す鏡があれば自分はすぐにそれを覗いてしまうかもしれない。だって、そこに映るのは自分とルルーシュが微笑み合っている姿のはずで。
それ以外の姿なんて、見たくない。もしも愛しい姿が消えていく姿だったら、自分は何をしてしまうか分からない。
大事だと想うほどに周りが見えなくなって、そして自分に都合のいいことばかりを信じようとしてしまう。真実が、遠ざかっていく。そして気づいた時にはどうなってしまうんだろう。
愛しい姿が、消えてしまうのだろうか。
「愛してる、ルルーシュ」
手を重ねあって愛を囁く。握り込む様にその細い指を自分の手に絡ませ、柔らかい手を優しく握りこむ。掌からじんわりと温もりが伝わってきて、スザクは微笑んだ。
「愛してるよ、ルルーシュ。ずっと、そしてこれからも」
優しく言えばルルーシュは何故か悲しそうに微笑んだ。その理由なんて、知りたくもない。
「ルルーシュ、これからもずっと一緒に。…約束しようよ」
手を放し小指を絡める。今までもやってきた。そうすればルルーシュは微笑んで約束だ、と恥ずかしそうに言ってくれた。約束を、してくれた。
だけど彼女は今はただ微笑むだけで。
「約束」
そう言ってまたスザクは微笑む。ルルーシュからの返事はないけれど、こうやって自分は彼女を縛り付けていく。
二人だけの空間、二人だけの場所。スザクにとってそれはとても居心地のいい場所だった。だけど、気づいてしまったんだ。気づきたくなんてなかった。
「ルルーシュは、僕を見てるの?」
小さな声で言う。ルルーシュは聞こえなかったみたいだ。この静かな空間じゃ、決してスザクのことだけに意識を持っていれば気付かない声じゃなかったのに。
「ルルーシュ、愛してる」
二人だけの場所で愛を囁く。他の誰かを入れさせない。自分の心には入り込む余地なんてないし、そしてルルーシュの心の中にも他の人間なんて入れて堪るものか。
自分はこう思っているのに、ルルーシュは思っていない。何でだろう、そう思ってルルーシュを見る。隣にいる彼女はとても魅力的で、恐ろしいほど綺麗だった。
「綺麗だね、ルルーシュ」
どんどん綺麗になっていく。もともと綺麗だが、今は輝いている気がする。
自分の、いない場所で。それは望んでいない。ルルーシュが綺麗になるのは自分の隣であるはずなのに、彼女はスザクのいない場所で綺麗になる。それにスザクは目を閉じて気づかないフリをする。だって、気づいてしまったら凄く痛い。
心が、とても痛いんだ。
誰も知らない。知るわけがない。知りたくもないんだ。ルルーシュの瞳が迷うように揺れるのは、何故?その向かう先には何がある?そんなこと、考えたくない。
綺麗な紫水晶の瞳。吸い込まれそうなその瞳は誰を捉えているんだろう。長い睫毛が瞬き、そして映る瞳には誰がいるんだろう。誰を、見ているんだろう。
自分じゃ、ないのだろうか。
あの綺麗な瞳に映るのを自分だけにしたい。自分だけを、見ていてほしい。スザクの瞳にはもうルルーシュしか映らない。他に映そうとも思わないし、自分の瞳がとらえるのは、ルルーシュだけだから。
「僕を見て」
「ちゃんと見ているよ」
「嘘だ。…僕を、僕だけを見てよ!」
「…スザクを、見ているよ」
「これからも?ずっと?」
「…うん。だってスザクは大事な人だからな」
その言葉に嬉しくなってスザクはルルーシュを抱きしめる。大事な人、とルルーシュが言ってくれたのが嬉しかった。
抱きしめて顔をあげたら、悲しそうに揺れるルルーシュの瞳があった。それに笑ってしまう。
何でそんな瞳で、自分を見るの?
「ルルーシュ」
声を聞きたくて名を呼ぶ。誰もいないこの場所で、それは無意味なことだと分かっているのに。
「ルルーシュ」
呼ぶと微笑んで自分の名を呼び返してくれるルルーシュが目に浮かぶ。そしてスザクの会話に相槌を入れてくれて。相槌すらも優しく響いてルルーシュと話すのはとても楽しい。
目を閉じればすぐそばにルルーシュがいる様な気がしてしまう。それほどまでに、今までの自分たちは傍にいた。
それがいつからか、ルルーシュは出かけることが多くなってしまった。
ギュッと、拳を握り締める。自分からルルーシュが離れて行ってしまうような感覚。今ルルーシュは何をしているのだろう。自分の知らない誰かと会っているのだろうか。
そんなことはないと首を振る。ルルーシュはただ友達と会っているだけだと。自分と、婚約をしているのにルルーシュが誰かと会うなど…、自分から離れていくなどありえない。
ルルーシュが帰ってきたら色々な話をしよう。そう思いスザクは微笑む。他愛のない会話でも、ルルーシュと話しているのはとても楽しかった。何でもないことで盛り上がって、そして笑い合う。あぁ、なんて楽しい。
「ルルーシュ」
何で君は今近くにいないんだろう。
「愛してる、ルルーシュ」
愛を重ねる。これは前のようにただ甘いだけの愛の確認じゃなくなってきている。ルルーシュを縛り付ける。そんなことを思うようになってしまった。
ルルーシュの細い体を抱きしめようと手を伸ばすとなぜかルルーシュがびくりと怯える様に少し震えた。怯えた、というより戸惑っていると言った方がいいのかもしれない。自分に抱き締められることを戸惑っている?何故か、なんてそんなこともう考えない。いいじゃないか。これが初めてって言うわけじゃないのだから。
手を伸ばして彼女を自分の腕の中に包み込む様に抱き締める。ふわりといい匂いがして。この体勢は顔が見えなくていいとどこかほっとした。顔が見えたら、ルルーシュの戸惑うように揺れる瞳も見てしまう。今まではこんな不安など、感じなくて良かったのに。
「好きだよ、大好き。昔から僕はルルーシュが好きだったんだよ」
ギュッと彼女を抱く腕の力を強くする。他の誰も入れない、踏み込めない二人だけの場所なんだ。他の人間がこの中に入ってくるなど許して堪るものか。
スザクが愛を囁いても、ルルーシュは答えない。辛そうに微笑むだけ。いつからだろう。そうなってしまったのは。
前は恥ずかしそうに顔を赤くして、だけどちゃんと愛情を返してくれた。恋情を。なのに今はそれを感じない。愛情は感じるが、前とは違う。この愛情じゃなく自分は前のような愛を求めているのに。
「愛してる。昔から、そしてこれからも」
顔を上げルルーシュの顔を見てスザクは優しく微笑んだ。ルルーシュの顔に手を当ててキスをしようと顔を落としていったら目を閉じて息を呑み込むルルーシュを見てしまった。それにスザクは反射的に顔を上げる。
「…ごめん」
そのまま固まってしまう。ルルーシュが悲しそうにそれを見ていて。動けない、体が言うことを聞かない。顔には笑みが張り付いてしまった。笑っていなきゃ、ルルーシュが不安になるからと昔から笑顔を浮かべていた。ルルーシュもスザクの笑った顔が好きだと微笑んでくれた。だからスザクは、常に浮かべている。それが今も反射的に出てしまったが、いつもの笑顔なわけがなく。
視界が滲む。拒絶、された。そのことがショックだった。何でルルーシュは自分を拒絶したのだろう。そう考えてしまいそうになって首を振る。考えては駄目だと。そんなこと気にしなくていいと自分に言い聞かせた。
ルルーシュを見ると滲む視界の中、ルルーシュが辛そうに瞳を伏せていた。それを見て嘲るような笑みが顔に新たに浮かぶ。
「僕のことを好きじゃなくなるのは、君にとっても苦しいことなのかな」
その言葉にルルーシュが顔を上げて。否定してくれと、スザクのことが好きだと言ってくれと願ったけれどそれがルルーシュの口から紡がれることはなかった。
それにスザクは微笑む。必死に今にも零れそうな涙をこらえる様に。
ルルーシュが自分を見て辛そうにするのは、ルルーシュ自身の心が痛むからなのかな。
それは自分から心が離れて行ってしまっているということじゃないかと、スザクは涙を零した。
ルルーシュの後ろ姿を見つめる。鏡越しに視線が合うと、彼女は瞳を逸らして。その視線が自分たちの行く末を教えているようで。
ルルーシュの心を知りたい。何を思っているのか…誰を、想っているのか。
だがそれを知ることは、きっと、ルルーシュが自分から離れていく時だ。それはスザクにとっては全てを失うということと同じで。
それはなんて寂しいことなんだろう。
愛し合って約束を交わしたんだ。誰も知らない、入りこめない二人だけの場所で。ルルーシュが綺麗になっていくのは自分の隣であるはずだったのに、ルルーシュはスザクのいない場所で綺麗になっていく。それがどれだけ悲しいことか。だけど、それに気づかない振りをするんだ。
だって、そうだろう?
気づいてしまったら、心が痛くて仕方がないんだ。
約束
僕は今日も目を閉じて気付かないフリをする