エゴ

□+合わせ技+
1ページ/1ページ



…豆まきは


ジャンケンで負けた野分が鬼の役をやるはずだった。

よほどの事がない限り野分より早く帰宅するから、オレが節分の準備を一手に引き受けた。

帰り道の店先には、福を巻くとか厄払いとかの縁起担ぎで、恵方巻きが並んでいて…

まぁ…別にそれに乗っかったわけじゃないが、太巻きってのも…たまには良いかな…なんて、豆と一緒にそれの材料も一通り買ったのだ。


この歳にして、本格的に豆まきをやるのだからと気合いを入れ、豆を炒って枡(ます)にたっぷりと盛り、逃げ惑う野分に豆をぶつけるのを楽しみにしていたというのに…。


急患が入ったとかで、

………あいつは帰って来なかった。



よくあることだったはずなのに…。

………迂闊だった。



そして…バレンタインの今日は、早々とメールが来た…。

『すみません、ヒロさん。帰り遅くなると思います。』


「はいはい、だと思ったよ。」


ふん…わかってたさ。

『しーごーとー、が・んばーれーよー』


…オレは節分で学んだんだ。


「…っと。」

メールを返信して携帯をたたみ、ポイッとソファに投げ捨てた。

…テーブルの上にある野分に渡そうとしていたチョコの包みをちょこんと指で弾いて


「…今日中は…無理だな。」


こんな時期だからな…仕方ないさ。



…昨今、逆チョコとかいう…男が告白するためチョコを購入とするというご時世に、幾分買いやすくなったという事もあって、

以前のように死ぬほど恥ずかしい思いをしてチョコを買わずにすんだ…。


それを考えると…このチョコには、それほど重みのあるようには思えなくなって来たぞ。


なにより…野分にねだられたわけでもないのに、自主的にチョコを準備したという自分が

…この上なく恥ずかしい///。




…今日中に渡せないのなら、このチョコも意味がない…。

野分が帰って来ないなら、オレが起きて待ってる理由もない。





「………食ってやる。」

こんな物…オレの恥と一緒に跡形もなく消してやるっ!

そんでもってオレは寝るっ。




………とはいうものの

元来それ程好んで食べるわけではないので、結構キツい…。


チビチビと食べ進め…残り1つとなった所で玄関の開く音がして、ビクッとする。


「ヒロさんっ、ただいまです。間に合いましたよっ、あと2分ありますよねっ!」

息を切らした野分の声に、果てしなく冷や汗が出て来た。


………っ!


…の…野分ーっ!?


どうするよっ!チョコねぇぞっ!


「ヒロさん?」


ひょこっと居間に顔を出した野分に、


「お…お帰り…。」

口をモゴモゴと動かし…動揺しまくりで返事を返したオレから、すっと視線を手元に移した野分は、


「…ただいまです。…………?。あーっ、それなんですかっ!?」


「なっ…なんだよっ。」

「それって、チョコじゃないんですかっ!?」


素早く箱を取り上げた野分は中を覗き込んだ。


「いっ…1コしかない。ヒロさん、ひどいですっ!」

泣きそうな顔でオレを見る野分に


「お前が帰ってくるとは思わなかったんだよっ。…つか、帰って来るなら来るって言えよっ!」


「電話してる時間がもったいなかったんですよ。豆まきもすっぽかしたから、バレンタインこそはと思って急いで帰って来たのに。」


知ったことかーっ!

「俺がもらうはずだった…口の中のチョコ出して下さい。」


「何言ってんだよっ///こんなもん出せるわけねぇだろっ!1コ残ってんだから、それでいいだろうがっ!」


「じゃあ、いいです。勝手に貰います。」


にじり寄る野分は、オレの頬を両手で掴むと、強引に唇で塞いで舌を入れてきた。

「……ぅ…んっ///…こら…っ…のわ…やめろって///」


口腔に微かに残るチョコを、丁寧に舌で舐めとった野分が唇を離すと、


「ご馳走様です。甘くて…すごく美味しかったです。」

満足げに黒い瞳を細めて嬉しそうに笑った。

「あたりまえだ///チョコなんだから…。」


「いえ、ヒロさんだからですよ。」

そう言ってオレの頬に唇を寄せた。


「あ…あほかっ///」


「…どうして、チョコ食べちゃったんです?」

「いや…ほら、てっきり節分ん時みたいに、お前が帰って来ないもんだとばかり…。…だったら必要ないと思ったからさ…。」

…別の理由もあるけど。

「すみません…俺のせいだったんですね。」


「…別に気にしてねぇよ。」


「俺、ちゃんとバレンタインと節分の埋め合わせしますから。」



そして野分は、オレに少し待つように言って、いそいそと風呂へと向かった。


……な…なんだ?

バレンタインの埋め合わせ…っていうならわかるけど

…………節分ってのは、なんだ?

風呂上がりに豆まきでもしようってのか?

つか、豆どこにやったっけ…と思いつつ…、

とりあえず、言われた通り待つことにした。



やや時間が経って…

「お待たせしました。」

部屋に入って来た野分は、両手に何かを持っている。

右手は、さっきのチョコだが…左手のそれは…?

「………海苔?」

「はい。海苔です。」

野分の手にあるのは、太巻きを作ろうと買い込んだ海苔だった。

「野分、…海苔で…何するつもりだ…?」

オレが体を起こして首を捻ると


「やだなぁ…変な事するつもりないですよ〜」


……いや…海苔掴んでる時点で変だろう…。


ニコニコ笑う野分は

「まず、節分ですよね?」

「…………。」

オレが返事をせずにいると

「節分に恵方巻き…作ろうとしたんでしょう?帰って冷蔵庫開けた時、気がつきました。」

「だ…だから…なんだってんだよ。」



イヤな予感がしたオレが壁際まで後ずさりした。

野分はベッドへ上がりパンツを脱ぐと…既に大きくなってるソレに躊躇することなく海苔を巻こうとしている。


「…お…おい。…お前…まさか…」

「はい。ですから、恵方巻きです。」

野分はニッコリ笑う。


……くわえろってか?

「ちょっと待てっ!海苔巻いたお前のソレを?…オレ…ヤだぞ。」

「でも、酢飯ないし…俺のを代用して下さい。ちなみに今年は南南東です。」

「そういう問題じゃねぇよっ///…つか、節分終わってんだから恵方巻き食う意味ねぇだろっ!」


……気にしてくれてたのは嬉しいけど…なんでソレなわけ?

…ああ…力いっぱい豆ぶつけたくなって来たっ!


「ダメですか?…じゃあ、せめて俺にさせて下さい。」

肩を竦め海苔を巻くのをやめた野分は、残念そうに海苔を床頭台の上に置いたあと、オレが食べ残した最後のチョコを口に入れた。


「今度は…なんだよ?」


「もちろん…チョコの御礼ですよ。」


唇を重ねる寸前、野分は不敵に笑うとオレに口づけた。

絡めて来る舌から…甘いチョコの香りと味。


「ヒロさん…愛してる。」

耳元で囁く野分の甘い声…。

そして肌に触れてくる野分の手のひらの感触が…堪らなく好きだ。

込み上げてくる想いを野分の背中に腕をまわすことで示すと、野分にぎゅっと抱きしめ返される。


「来年は、俺がチョコをプレゼントしますね。」

「いらねぇよ。」

「なんでですかー!?」

「毎年バレンタインはオレの役目だ。…だ…だから…その…///」

「…だから?」


「ホワイトデーはお前が寄越せ…///」

「くすくす。はい、絶対お返しします。毎年…必ずです。」


小さく笑いながら、口づけようとした野分に


「…それと。」

「なんですか?」


「節分とバレンタインが一緒ってのもナシな。」

「はい、じゃあ…海苔はナシで…」


野分は肩を震わせながら、チョコの甘みが残るキスで答えるのだった。




(おわり)

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ