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□月に吠える
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誰かを『好き』になるのに理由はいらないと、誰かが言った。
そして誰を『好き』になろうと自由だと、誰かが言った。
けれどそれは、あくまで『好きになるだけ』ならばの話だ。
一体その時点で自らの意志に線を引き、身を退けるものがどれだけいようか。
否、いようはずがない。
己の心から逃げることなどできるはずもないのだ。
だから、大半の者は無意識に納得、合理化する。
しようとする。
身を退かざるを得ないならばそれが当たり前。
しかし、そんな芸当をこのオオカミに要求するあたり、運命とやらは少々残酷だった。
最近、何をするにも身が入らない。
焦燥感にも似た感情が常時胸を掻きむしる。
無意味に地面を爪で掘り返しては埋めて、また掘り返しては埋める。
心の隙間を埋めるように、とは詩的にすぎるが、ガブは盲目的にそれを繰り返していた。
それでも飽き足りなくて、その場にぱたりと倒れ、唸る。
「うううぅぅ〜」
オオカミらしからぬ、情けない声。
「うるせえぞ、ガブ」
そんな締まりのない割りにでかい声に、すかさず鋭い突っ込みが入る。
近くの岩場で蹲って寝ていたバリーが、ガブを訝しげに見つめていた。
「す、すいやせんっす、バリーさん……」
不機嫌な色を濃く宿す鋭い眼光に、ガブは項垂れるように頭を下げた。
今日は大規模な狩りがなかったとはいえ、群れのまとめ役としても重責を負うバリーには基本的に十分な睡眠の時間はない。
加えて冬に向けての蓄えを得るために殺気立っているバリーの機嫌を損ねるのは、まさしく自殺行為に近いものだった。
しかし、ガブの様子を見たバリーは、怒鳴るでも噛みつくでもなく首を傾げてガブの様子を伺っていた。
「全く、さっきから何を暴走してやがんだ?」
「あ、いや、その……」
ガブが答えに困って口籠る。
ブツブツと何か呟くガブの、うっすらと染まった頬にピンと来たらしいバリーがにやりと笑う。
「ほう、さては気になる女でも出来たか?」
「バ、ババババリーさんっ!?」
ガブがあからさまに慌てるのを見て、バリーがくつくつと笑う。
「まあお前も一応それなりの年だからな、早すぎるってこともねぇだろう」
「い、いやあの、そんなんじゃ……」
ガブが困惑して頭を掻くのをよそに、バリーは声を出して笑った。
この群れのナンバー2であり、誰からも恐れられるバリーだが、こんな時はまた別の意味で逆らいがたい。
ガブの兄貴分で、何かと面倒を見てくれるのは有難いのだが、こんな風にガブをからかう癖があるのだ。
鋭い目付きと、その屈強な体格とは裏腹に、普段は優しくて面白い兄貴分、とはビッチの言。