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□花は散れども
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ザーーっと吹き抜けた春の温かな風が、大地に、
空に舞っていた薄紅の花弁を更に舞い上げて渦巻いた。



千尋は悪戯な風に同じく舞い上げられた黄金色の髪を思わず片手で押さえ、吹く風の強さに目を細める。



「……すっかり春の風ですね。これだけ吹いても寒くない」
風に舞い上げられて蒼穹に舞うたくさんの花弁の行方を見ながらクスクスと朗らかに笑う。
その瞳は、柔らかく、今日の陽気にも負けないほどの温もりを湛え、未だに千尋の髪を弄ぶ春風に注がれる。




「…確かに。もうすっかり春だな」
千尋の声に、柔らかく答えるのは、彼女の伴侶となった中つ国の将軍、葛城忍人。
妻の無邪気な感想に、苦笑を浮かべながら同じく千尋の視線を追って、その濃藍の双眸を空へと投げる。


「毎年毎年同じ場所でこうして花を見て…。君ももの好きだな」
花見をするなら他にももっといい場所もあるだろうに…と、風に乱れた長めの前髪を適当にかき上げながら傍らに立つ。
その姿が自分の隣に立つと、千尋はクスッと小さく笑って、無造作に体の横に垂らされている忍人の腕に自分のそれを絡めた。


「いいんです。毎年こうして忍人さんとこの場所で桜の花を見る。
それに、こうして一緒に桜を見ようって誘ってくれたのは、忍人さんの方ですよ」
甘えるようにその腕に自分の腕を絡め、少しだけ見上げる位置にある、夫となった忍人の端正な顔立ちを見上げながら千尋は笑う。


絡めた腕に感じる忍人の体温に、千尋は満足そうな吐息を一つ零すと、甘えるようにそのしなやかな腕に頬を寄せた。



「まあ、確かにそうかも知れないが。他にも桜を見るならいい場所もあったんだがな」
千尋の言葉と仕草に、忍人は普段は鋭ささえ湛える切れ長の瞳を柔らかく緩ませると、自分の腕に縋る千尋の腕を取り、
そっと引き寄せるようにして自分の胸に引き寄せて包んだ。



「ここで良いんです。貴方と最初に桜を見ようって約束した、この場所が。ここから、私達の今が始まったんですから」
忍人の腕に包まれたままの姿勢で、千尋はゆっくりと忍人の広い背に腕を回し、その胸の温かさに頬を寄せ、瞳を細めた。
その動きに応えるように、千尋を包んでいた忍人の腕がゆっくりとその華奢な体を包み、深く抱き寄せた。



「……ああ、そうだな。俺たちは、あの日、この場所から本当の意味で始まった」
千尋の黄金色の髪に頬を寄せるようにしながら、忍人はそう言って、千尋の華奢な体を更に引き寄せ、
その温もりと、辺りの花達の香りよりも甘い千尋の香りを、静かに…胸に吸い込むようにして確かめた。





守りたい温もり―――。
幸せにすると誓った、この腕の中の柔かく、愛しい存在―――。



「でも、もうすぐ桜の季節も終わっちゃいますね」
「そうだな―――」
腕の中で小さく身じろいだ千尋が、どこか寂しそうな表情で忍人の方を見上げるようにして見つめ、儚く微笑んだ。






「また来年―――、見に来ればいい」
千尋のなだらかなラインを描く白い頬に、忍人がそう言って掌を添わせて、空色の双眸に柔らかく微笑みかける。
途端、千尋の瞳は一瞬揺らめくように見開かれ、見下ろす忍人の瞳に、花の様な笑顔を映しだした。




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