text

□Lapis lazuli
1ページ/4ページ

Lapis lazuli




その日、忍人は橿原宮から少し離れた平野で兵達の軍事訓練を見ていた。


各部隊の動きや、兵一人一人の動きを腕組みしたまま微動だにせず、その鋭い眼差しで監視するかのように見つめる。
彼らの間を数名の小隊長や幹部の者達が回り、細かな注意をしている様子も、少し高台になる場所にいた忍人の視界に映っていた。

今のところは特に動きに乱れも無いし、問題はなさそうだ…と判じ、彼らから一度目を離す。

「訓練を続けさせろ」
忍人の斜め後ろに護衛のように付き従って直立姿勢を保つ狗奴の兵士に声を掛ける。

それからくるりと踵を返し、忍人の背後から少し離れた所にいる男の方を振り返り近付いて行く。
忍人の動きを妨げないようにその後ろに付いていた狗奴の兵士が、静かに巨躯を一歩引いて道を開ける。

「少し席を外す」と忍人は歩き出しざまにそう言って背後の狗奴の兵士に言い置くと、狗奴の兵士は「御意」と短く返し、
すぐに己が取るべき行動をする為に、その場を足早に立ち去って行った。


「待たせたな」
忍人が背後で待っていた男に声を掛ける。

「いいえ。こっちこそすみません、忍人。忙しい時に…とは思ったんですけど」
男はそう言うと、ほんわりとした笑顔を浮かべて首を振って答えた。

「構わん。お前がわざわざ足を運ぶと言うのなら、急ぐものなのだろう。―――風早」
それから忍人は風早の元まで行くと、彼が携えて来た宮からの書簡を受け取り目を通す。
静かに黙読する忍人の邪魔にならないように…と風早はその場に佇み、ぼんやりと空を流れて行く白い雲の様子を見ていた。


今日も天気がよくて良かった…などと風早が心中で嘆息していると、忍人が顔を上げる気配を感じ、慌てて向き直るように居住まいを正した。


「―――内容は承知した。ここにあるように進めてもらって構わない、と伝えてくれ」
右手に書簡を持ったまま、左手を思案げに顎先に当てて告げた忍人の言葉に、風早は了承の意を示した。

「分かりました。では、そのように伝えておきます。―――じゃあ、訓練の邪魔をして悪かったね、俺も宮の方に戻ります」
忍人の返事を受けて風早も一つ頷くと、忍人から返された書簡を手早く纏め「執務室の方に預けておきますね」と書簡の処理も請け負った。

「ああ。頼む」
「じゃ、俺はこれで――――」
にこっと忍人に微笑むと、頷いた忍人に見送られながら、風早は踵を返し歩き出した。




「……、風早―――!」
十数メートルほど距離が出来た所で、急に忍人が思い出したかのように声を掛けるのに、風早は一瞬驚いたがすぐに足を止めて振り返った。
振り返った先に、忍人が足早に此方に向かって来るのを、何事かときょとんとした顔で見守る。


「どうしたんですか?忍人。何か追加で伝言でもありました?」
「あ、いや。伝言は先ほど伝えた内容で構わない。一つ聞きたい事がある」
「聞きたい事…?俺にですか?」
呼び止めた風早が不思議そうに琥珀色の大きな瞳を瞬かせると、忍人の言葉を待つ。
対する忍人の方は、何か考え込んでいるような、珍しく戸惑うように二の句を探す様子に、風早はますます首を傾げた。


「別に、大した事はないんだが……以前お前達が暮らしていた世界の事と、千尋の事で―――」
常の彼にしては歯切れの良くない様子を怪訝に思いながらも、出て来た人物の名前に、風早は軽く目を瞠って見つめ合った。

「以前の世界…。ああ、現代の事ですか。それと、千尋が何か?」

「―――ああ。柊の奴に言われたんだが」
柊……。また出て来た名前の関連に、風早は忍人の言葉を待った。
やがて、ポツポツと忍人が言葉を探しながら風早に説明をし始め、話しの内容に合点が行って、表情を柔らかくした。



「―――と言う訳なんだが、三倍…と言うのはどう言う事なんだ?」
それは単純に大きさの事なのか、それとも何か現代独自の目分を現わすものなのか?と真面目に聞いて来るのに思わず破顔した。
そんな風早の様子に、明らかに不機嫌になった忍人に、風早は
「ああ、ごめんごめん。変な意味じゃないんだよ」
と前置きし、返事をした。



-
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ