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□灯B〜今度は…編〜
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※将軍酔いどれてます。殿下があて馬になってます…。オウケイな方はどうぞ。



灯B〜今度は…編〜






そろそろと夜も更けて随分経つ頃―――

千尋は寝所の方に向かって近付いて来る声と音を聞いて、浅い眠りから目を覚ました。


『ほら……、―――ですか?』
『―――、―――…』
一つはどうやら風早の声みたいだ、もう一つの声は…、
そう思い、千尋は急いで掛け布を蹴り上げる様にして寝台から降り立った。



千尋が寝台から降りて、慌てて肩衣を羽織ったと同時に、木製の扉を軽やかに叩く音がした。
この時間は千尋の意向もあって、必要最小限にしか采女達を配しておらず、寝所に関しては二間ほど先の部屋に形ばかりの衛士しかいない。


何故なら今現在、この国の王である千尋の寝所に夜間の出入りが許されているのは、彼女の夫である忍人と、場合によっては風早くらいだからだった。
言わずもがな忍人は、今やこの国の軍部を預かる大将軍である事はもちろん、その武勇によっても畏怖され、認められている存在。
忍人が不在の時は、風早が千尋を護衛するのは常であったから。


「はい、少し待ってちょうだい」
こんな時間に複数の人の気配を感じるのは稀で、千尋は何となくそれが誰かは分かってはいたが、念のため、と一度間を持たせて戸口に向かった。
逸る気持ちを押さえながらも、急ぎ足で扉に近づき、手を掛ける。



「夜分に大変申し訳ありません、我が君。お休みの所をお騒がせいたします」
「どうしたの…、一体?」
一瞬驚いた千尋だったが、扉の向こうにいたのは、柊だった。
その向こうから、風早に肩を支えられる様にして忍人の姿が見える。
何があったのか?と、ドキッとして思わず目を瞠って柊の背後の様子を凝視する。


酷く心を騒がせられたが、とにかく普通の状況ではなさそうだ、と即座に判断し、千尋は一歩後ろに下がると彼らを室内に招き入れる。


「忍人、大丈夫ですか?部屋に戻って来ましたよ」
「………、―――」
今にも崩れ落ちそうな忍人の体を抱え直しながら、風早が心配そうに声を掛けるのに、何か答えている様子の忍人だったが、千尋の耳には届かない。
風早の言葉に邪魔くさそうに片手を上げて遠ざけようとしているのを、風早は意に介した様子もなく嗜めている。



「大変申し訳ありません、我が君。少々、先ほどの宴で諸事情によりこの様な事態になってしまいました」
「え…?宴って…どう言う事?」
柊の説明に納得できない、と言う表情そのままに、千尋は彼らの様子を見渡した。
おもむろに柊から手渡された忍人の二刀を慌てて受け取る。
しかしすぐに忍人の状態的にのんびりここで話しをしている場合ではない、と思い至る。


「と、とにかく、みんな入って。風早は忍人さんを寝台に、柊は部屋に明かりを付けてちょうだい」
早口にそう言うと、千尋は寝所の奥の間に向かい、とりあえず…と水差しや水盤、手頃な布などをひったくるように準備する。
大変妖しい足取りの忍人を、風早がほとんど抱えるような形で寝台に向かうのを目の端に入れながら、忍人の分の夜着を掴んで室に戻った。
一通り最小限に必要と思われるものが揃った頃、室内も柊のつけた明かりでどうにか互いの顔や様子が見えるようになっていた。



「う……、っ……」
寝台の上にいつもの衣装のまま横たわった忍人の顔色は、蒼ざめているようで、その薄い唇から苦しげな声が漏れ出る。
「ちょっと失礼するよ」
言って風早が忍人の衣装に手を掛けて帯紐をほどき、襟元を寛げてやるが、「触るな…!」と忍人の口から拒否の声が上がる。
「ああ、こらこら。そのままじゃ苦しいでしょう」
何のかんのと宥めすかしつつ、風早は作業を進める。


「………まったく。困った事ですね」
「…………」
その傍らで軽く腕を組みながら柊がため息をついているが、表情はどこか楽しそうだった。
そんな柊に、千尋は「まったく状況が分からない…」と表情で訴えてみるが、視線の合った柊はにっこりと微笑むだけ。


「一応、遠夜に薬を貰って飲ませてはいるんですが…」
やれやれ、と作業を終えたらしい風早が苦笑しながら忍人の傍を離れようとした所、ゆらり…と寝ていた忍人が起き上がる様子に、千尋は慌てた。
「あいつは……」
いつも以上に剣呑とした風情を瞳に漂わせている忍人の声は、酒のせいか意識状態の関係か、やや掠れていつもより随分低く、
それだけでも聞く者に恐布を与えかねない様子だった。


「もう終わったんですよ、忍人が勝ったでしょう?覚えてませんか?ここはもう君の寝所です」
「な、に……?」
非常に普段から考えられない程の緩慢な動作で答える忍人は、風早に疑念の目を向けつつ、部屋を見渡そうとして苦悶の表情で目を閉じる。
揺らいだ体を慌てて風早が支えるが、「触るな…」と低く唸られて、風早が困ったように眉を下げて柊に視線を寄越した。


「何とまあ、手のかかる。我が君。申し訳ありませんが、あの今にも潰れそうな酔いどれの弟弟子にお声を掛けてやっては頂けないでしょうか」
「俺は、酔ってなどいない!」
柊の言葉に、即座に反応した忍人がカッと顔を上げて威嚇するように声を出す。
直後、再び眩暈でも起こしたのか、「気分が、悪…い……」と小さく言うと、がくりと脱力する。

「ああ、もうほら。しっかりしてください」
それを再び風早が支えた。



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