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□灯
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※将軍が残念な事になっています。素敵な将軍でなくてすみません……。
たまにはへタレな将軍でも良い、どんと来い!な方は、寛大な心に愛を抱いて、どうぞお進みください。















灯(たまにはこんな忍千編)




ゆらり…と灯心の影が揺れる。

「……ふふ……」
くぐもった忍び笑いを唇の隙間から零して微笑う。
声の音に合わせて歪む、色づいた唇の動きを見つめる。


「…何がおかしいんだ」
肩から首に柔らかく回された腕の感触と、満足そうな吐息を零しながらしなだれかかる姿に、瞳を伏せながら問い掛ける。
先ほどの酒宴で口にした酒が、普段の千尋の理性を妖しく溶かしているのを感じ、忍人は部屋に連れて帰って来ていた。

忍人の声掛けにも、千尋はただクスクスと笑うばかり。
ふわふわとした千尋の覚束ない足元に不安を覚え、肩に捕まるように…と指示をしたら抱きついて来た。


「これでは歩けないだろう……」
「歩けなくていいの。ふふふ……」
ほろ酔いの口調は静かな忍人の声に、楽しげに答える。
采女達は二人の帰室に、先ほど一通りの準備を済ませ、酔った様子の千尋の介抱を忍人に任せたかのように下がって行った。

それはそれで別に構わないのだが……、と考えつつ、酔ってじゃれついて来る妻の様子にどうしたものかと思案する。
その間にも千尋は楽しげにして、「いい気分…」などと、一人のたまって忍人にじゃれる様に擦り寄っている。

時折耳にかかる吐息に、状況的に仕方ないとは言え、押し当てられる千尋の体の柔らかな感触にため息を付く。
この状況で冷静に注意をした所でどうせ効果は無いだろう…と思いながら、千尋に酒を勧めて面白がって飲ませた犯人の顔を思い浮かべる。

『よりにもよって……』




―――ほら、千尋。酒もたまにはいいもんだよ。付き合い程度には覚えておいて損はない。
―――これはそんなに強くはないから大丈夫。まあ、いざとなりゃ、あんたの亭主が面倒みてくれるだろう。さ、もう一献!
そう言いつつ、勧めた本人もとうに良い気分だったに違いない。彼女の酒の強弱の度合いなど、凡人と比較にはならない。
相手が相手だけに、強くは出られない兄弟子達は、そんな目の前の光景を近くに居たのに遠巻きに観察し、忍人に憐れむような視線を送るばかり。

結局、最後は仕方なく忍人が強く出ざるを得ず、どうにかその場から理由を付けて千尋を引き離した。
それもある意味、時期喪失…の感は否めなかったが―――。




そして今―――。


酔ってしまったらしい千尋は楽しそうに笑っている。時折意味なく忍人を呼び、律儀に忍人が返事を返せば「なんでもない」と言ってまた笑う。
そして何処かへ歩き出そうとしては、ふらりと身を傾かせるものだから手が離せない。


『――――師君―――!』


何度目かの千尋の徘徊を引き止めて腕に抱える。それに千尋は嬉しそうに笑って、忍人に抱きついて来る。

普段の千尋の凛とした王の姿からは想像できない状態だ。


その揺らめく様な動きに合わせて、鼻先を擽る甘い芳香を静かに胸に吸い込んで、
「仕方のない人だ…君は…」と苦笑交じりに答えながら、その温もりをあやす様に腕に抱く。


「とにかく…水を。ここで待っていろ、いいな」
「はい、忍人さん」
慎重に千尋から腕を離し、そう言い聞かせると、笑顔でこくりと頷く千尋に「動くな」と念を押す。


それから少し離れた寝台の脇にあった水差しを取り、器にそれを注ぐ。
一口、毒見をして安全を確かめる。

戻ろうとした背後で、バタッと物音がして振り向けば、



「いたた……こけちゃった……ドジね、私ったら……」
床に座り込んでいる千尋の姿。

「………。千尋……、動くな、と言っただろう」
はああ…と眉間を寄せてため息を付き、額を押さえ、瞬時に気を取り直すと忍人は大股で千尋の傍に行く。


「怪我は?」
「はい。ありません。平気です…。でも、こけちゃった……」
「…見れば分かる」
クスクスと笑う千尋にため息を零しながら、忍人は脇に水を入れた器を置くと、千尋の足からまずは靴を脱がせる。
これで多少は転びにくくなるかと、少し踵の高いそれを床に放った。


それから「胸が苦しくなった…」と訴える千尋の衣装に手を掛け、一言断ると、締め付けている帯を引くようにして緩め、襟元を寛げてやる。
ちらりと見えた白い胸元に一瞬目を止めるが、「大丈夫か?」と声を掛ければ、こくんと頷く千尋。
僅かに上気して、安心しきったようにとろんとした瞳で頷く様子に、ほっとしつつ、水の入った器を取ろうと目を逸らす。


ゴソゴソ……。


「…っ!おいっ、何をしているんだ、君は!」
千尋の様子に目を戻せば、何やら千尋は緩んだ帯を解いてしまい、「よいしょ…」などと掛け声を付けながら上着を脱ぎ始める。
思わず制止させた忍人に、不思議そうな顔で見つめ返し、ニコリと微笑む。


「もう、この際だから脱いでしまおうと思って…」
暑いんです、何だか…などと、にこやかに言いながら千尋は行動を継続しようとする。

「待て、それは後からでいい。まずは水を飲むんだ」
慌てて止めて、ぐっと器を差し出した忍人に、「そうですかぁ…」と眉を下げると千尋はおとなしく器を受け取りそれを口に運ぶ。
怪しい手元に、忍人は器を持つ千尋の手に添える様にして支えて見守る。

しどけなく乱れたままの衣の隙間から見える千尋の白い肌は、見慣れている筈なのに、妙に煽情的に見える。
コクコク…と水を飲むたびに上下する白くて細い喉。口唇の端から飲み零した水が一筋滴り、首から白い胸元に流れて行く。


「冷たい……濡れちゃった……」
そう言って胸元に流れた水を拭こうと襟元を広げて手を滑らせる。
千尋自身の手によって、さらに広げられた胸元の様子に、忍人は慌ててそれ以上の動作を止める。
「それも……、後でいい。とにかく、寝台に行こう」
相手は酔っている…とぐらつく理性に押さえを効かせ、千尋の手を取って立ち上がらせる。


しゅるり……。帯が滑り落ち、前合わせの千尋の衣装はあっけなく着崩れ、更に忍人にとって毒となる光景を見せつける。
「…………」
「脱げちゃった……。帯が落ちたから。可笑しい…」
クスクスと手を叩いて千尋は笑う。
「それも、見れば分かる…。そして、可笑しくはない」
崩れた着物を忍人の手が押さえ、千尋の手に置き換えてどうにか羽織ってるだけの状態の着物のまま、空いている千尋の手を引き、とにかく寝台に促す。
とにかく、相手は酔っている。感情的になるべきではない。


忍人は理性と感情の狭間で揺れる己を叱咤して事を進めて行く。
普段なら然したる問題もなく行えるが、唯一、彼に様々な変化を与え続けてくれる千尋が相手では問題だ。


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