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□蝉吟歌哭
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※此方のお話しは忍人ED後〜な流れになってます。ご注意ください。










あの日橿原宮を彩っていた薄紅色の花は散り、目の前に広がるのは目も眩むほどの鮮やかな新緑の色。
風の中に感じていた花達の甘い軽やかな香りは、新緑の匂いと雨の季節を過ぎた大地の放つ、土の香りが辺りを包んでいた。

新しい命が逞しくその存在を主張するかのように、季節は新しい景色を目の前に見せていた。





『君の作るこの国を―――』





目を閉じれば今でもこの耳に聞こえる、あなたの声に、束の間心を浸らせて
心は天を駆ける船で飛びまわっていたあの頃の自分に戻って行く。








「君は本当に軽率だな、こんな所を供も付けず呑気に歩き回るなど」
「―――っ、すみません」
まだ少し肌寒い早春の風が吹く中、天鳥船から少し離れた森に来たのは、ほんの気まぐれだった。
毎日の戦いの中、ふとできた空き時間にこれからの事、自分がどうしていくべきか考えたくて、風早の供を断ってこうして歩いていた時に掛かった声。


「君の謝罪の言葉はまるで効果は無いな。俺が君に言って聞かせた事も、こうして一人歩いている君を見る限り、意味は為さないらしい」
皮肉たっぷりにちらりと視線を投げられ、整っているけれど、気難しそうな表情にいつもの眉間の皺が浮かぶ。
つい先日も船の中をふらふらと歩いていた私に、こうして今聞いた言葉が再生されて、思わず気まずさに視線を落とす。

「お、忍人さんこそ、どうしてここに―――?」
「俺は君と違って敵に遭遇した際の防備も備えもあると自負している。見廻りから戻れば君がいないと聞いた」
「あ、わざわざ探しに来てくれたんですか?……すみません」
心配を掛けてしまって…と言いかけた言葉は次に向けられたあまりにも真っ直ぐな視線に唇から零れることなく、私はまた唇を閉じて俯いた。


「これも、俺の仕事のうちだ。俺もそうそう暇ではない。――できれば、こんな無駄な役目は減らしてもらいたいものだがな」
「………………」
案の定、落ちてきたのは淡々とした言葉で、彼が心配から率先して探しに来たわけでは無い事を思い知らせる。
一瞬浮かんだ甘い期待はあっさりと裏切られ、私は心にずん…と重苦しいモノを感じて唇を小さく噛みしめた。

「でも…風早には言ってきましたし、供を断ったのは私の……」
「風早は君に甘すぎる。君がどんな平和な所で育ったのかは知らないが、その場所の感覚でこの国で過ごしてもらっては困る。だいたい君は自分の立場と言うものを――」
そうしてお決まりのお説教を聞く羽目になり、少しは近付けたかと思ったお互いの距離も、立場や考え方の違いによってそうではないとまた気持ちが暗澹としてきた。
もはや彼に叱られるのは日常の事のように、私は自分の行動の浅はかさを思い知り、自己嫌悪に陥る。


「――だが、本当の事を言えば、こうして君を探しに来たのは風早から君の事を聞いたからだが」
「え…、風早が……?」
「………………」
思わず聞き返した言葉に、忍人さんは普段は寡黙だけど、こと説教に関しては饒舌になる唇を閉じ、難しい顔をして腕を組みじっと私を見据え、
その薄い唇からふーっと細くため息にも似た吐息を吐くと、組んでいた腕を解き言葉を探すように視線を流し、長めの前髪を指で払った。
そんな彼の様子から、理由は聞くな…という雰囲気を感じて私はおとなしくその場に佇む。



じっとその様子を見ていた私の視線を避けるように、忍人さんはゆっくりと体の向きを変え、視線を遠くに向けた。


「君が慣れない環境で努力をしている事は知っている。だが、そうは言ってもここに残り、進むと決めたのは君自身の意志だ」
「―――はい」
思わず自分の事をそれなりには認めてくれているらしい言葉に驚き、返事を返すと、肩越しに視線だけ此方に向け、再び忍人さんは前を向いて口を閉ざした。


「ならば、自分の立場と言うものの重みについても、君は理解していると思っていたが………」
「…………………」
言外にそれが分かっているのなら、こんな風に一人で行動する事を慎めと言われているのは十二分に感じ、また俯いた。



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