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□夢現の世界〜君といるこの世界〜
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夢を見ていた。


ひどく温かで、柔らかで、輝く色彩に彩られた夢を。

花の舞う景色の中に君を見た。
とりどりに咲く花の群れの中、君が浮かぶ。

ふわふわと蝶のように軽やかに、花の様にたおやかに。
けれどしなやかな若草の如きその内面の強さに、その圧倒的な存在感に、

気付けば視線は奪われていた。

君だけが、鮮やかに他の全ての色から突出したように、この瞳に映る。
焼き付けられる。

いつから君を見ていたのだろう。

景色の中に君を見ていた筈なのに、気付けば君の中に景色を重ねていた。
君の中に、己の生きる世界を見出していた。

何の色合いも無かった俺の世界に、君が鮮やかに咲き誇る。

時には風にそよぐ、はかない野の花のように。
時には逆風の中でも凛と咲く一輪の大輪の花のように。

そして君が言葉を紡げば、以前は俺の心の中に旋風を起こしていたと言うのに。
今では、川面を渡る涼風の如くに心が凪いでいくのを感じる様になっていた。

随分と自分も丸くなったものだ…と、君を思い浮かべれば苦笑が漏れる。

時に熱く、時に穏やかに、時に静かに。
そして強く、やさしく―――

表情を変える風のように、君から吹く風はひどく…心地がよいと思えるようになっていた。
風のように、花のように姿を変え、君が世界に降り注ぐ。

光の乱反射の様に俺の見ている世界に君が輝く。


その存在の眩しさに目を細める。

君を包む真っ白で清冽な光は一面を光の照射で包み込んで。


その光に近づこうとすればするほど、光の輪郭は強くなり、不意に恐布を覚えた。


君の放つ光が眩しすぎて、その光の洪水の煌めきに、全ての音も感覚も消えてしまいそうで
世界の輪郭が崩れるような錯覚を覚える。

その眩い光を見て立ち尽くす俺の輪郭も、いずれ君自身の姿も霞んで見えなくなりそうで。


『待ってくれ―――』


叫んだこの声が君に届いたのか分からない。段々と自分自身の感覚さえも溶けて行くような感覚を覚えた。
光はどんどん大きく、なのに遠くなって行くようで、不安が強くなる。


君が遠くなる。君が見えなくなる。
世界がまた闇に落ちて行く。





不意に伸ばした手が何かに当たる。そして包まれる。
その温かな感覚に、柔らかな感触に、違う次元で意識が揺さぶられるのを感じた。


急速な浮遊感。



「―――さん、おし……ん」
はっとして目を開く。

途端、眩い光に刺激され、一瞬そこがどこなのか、何をしているのかが分からなくなる。


「忍人さん、分かりますか?」
光に慣れて、目を瞬いてゆっくりと開ければ、目の前に広がる金色。
そして空の如き青の色。

ああ、この色は――――――

「千尋……?俺は……」
気付けば外にいた。宮から少し離れた小高い丘の木陰で、己が寝入っていた事に気づく。
心配そうに此方を見つめている千尋に、どこかぼんやりとした意識を集中して夢か現か考える。


「大丈夫ですか?ごめんなさい、気持ち良さそうに寝てたんだけど、何だかうなされ出したから……」
そっと千尋が触れて来た自分の額にはうっすらと汗が滲む。
心なしか鼓動も早くなり、酷く落ち着かない気分になった。


「すまない……夢を見ていた……」
「どんな夢ですか?」
千尋が傍らに腰を下ろし、柔らかな布で俺の額の汗を拭き、張りついた前髪を払う。
一通り済んでから、またハッとしたように自分の状況に気付き、思わず千尋の手を止めた。


「どんな夢?怖い夢ですか?」
千尋が尋ねる。


「いや…、怖くはない。ただの夢だ。―――君の……」
言って、傍らの千尋の腰を引き寄せる様に胸に抱く。
抱きしめれば、確かに命の音がした。そして確かな温もりも。


「美しい、君の夢だった。けれど、君が、急にどこか遠くに行ってしまうような、そんな夢―――」
何を言っているんだ…と自嘲しながらも、微かに自分の手が震えているのが分かり、尚更可笑しくなった。



「もう少し、このままで―――」
更に深く君を抱き寄せ、肩口に顔を埋める。
そこから香る君の香りに、心が段々と凪いで行くのを感じ、その心地よさに目を閉じた。


「珍しいですね、忍人さんが夢にうなされるなんて…。私の夢なら、余計に怖くはないと思うんですけど」
「……それも、そうだな……」
呆れたようにおどけて言う君に、苦笑しながらそう返す。


けれど君は知らない。
俺にとって、君を失う事がどれほどの恐布なのかを。
美しい君の見せる夢だからこそ、夢か現か分からなくなって、こんなにも動揺する俺がいると言う事を―――


「君は、ここにいる。そして、俺もここにいる。―――ただ、それだけだ」


深く君を抱きしめる。今この時が、夢の中では無いようにと。

ここにある温もりは決して夢などでは無いと、己に言い聞かせるように
ただ、千尋を抱きしめた。


いつか、王としてこの世界の中心に、その高みに登って行くであろう君は歓迎すべき事だと言うのに。
君は風のように走って行ってしまうからいつか、その姿は手の届かない所まで行ってしまいそうで。


夢の中の君の様に、この声も、この腕も届かなくなってしまうのではないかと
わけもなく、時々どうしても不安になる事がある。


限られた時間の中で、君に合わせて走り、時に歩き、その手を取って。

君がいるから俺は強くなれる。そして、君がいるからこそ、弱くもなる俺がいる事を。
君が知っている必要はない。


「いやですね、忍人さんったら。私達はここにいるじゃないですか」
我ながら子供の様だ、と思いながら君を抱きしめ続ける俺に、君の柔かな声が届く。
クスクスと小さく笑う君の声。


「ああ、そうだな…。君はここにいる。俺がどうかしているのかも知れないな」
その声にふっと自嘲しながら君の細い肩に顔を埋める。

その仕草に、「そんなに怖い夢だったんですか」と優しく囁いて背を抱かれる。
髪を撫でて来る君の手の感触が、とても心地よくて目を閉じる。


君になら、なんと思われたとしても構わない。
ただその温もりに、縋る俺も許して欲しい。


今二人がいるこの世界が、夢うつつなどではないように、こうして君を確かめる事を許して欲しい。―――


すぐに、立ち直る。
また君の傍らに立って、その手を取れる様になる。

だから、それまではもう少し、このままで―――――



(fin)


**********************************
ポ、ポエマー将軍が通ります(笑)
戦いが終わって、平和な日々の中でふと陥る幸福だからこその不安。
どんどん王様として立派になって行く千尋に対して、将軍って自分を強く持ってるがゆえに
あまり急激な変化とかに内心ついて行けないと言うか、それまでが苦労と不幸の連続人生
だった為に、穏やかな千尋との幸福生活に時々戸惑ってれば可愛いな…と。

何となく不安になっちゃってる将軍が書きたかっただけです……。
随分しおらしい感じになってしまいましたが、多分千尋はそんな彼でも受け入れてくれるんだろうな…と。

この二人はお互いに支え合って幸せになれば良いと思います。
ここまでお読みいただいてありがとうございました。


2010.3.4 蒼樹


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