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□上邪 ―jyou-ya―
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我欲与君相知 長命無絶衰 山無陵 江水為竭 冬雷震震 夏雨雪 天地合 乃敢与君絶

(我は君と相い知り、長えに絶え衰うること無から命めんと欲す。山に陵無く、江水は為に竭き、冬に雷震々と響き、夏に雪ふり、天地の合するとき、乃ち敢えて君と絶えん)



『上邪―jyou-ya―』
(君が染めにし…番外ver.)

「…もう少ししたら、夜が明けますね。」
千尋は、ほうっとため息の様な吐息を零し、傍らの温もりに擦り寄るようにして、僅かな隙間を埋めた。ぴたりと寄り添い、その温もりに頬を寄せて聞こえる鼓動に耳を澄ます。



「…ああ。あと一刻も掛らず、夜が明けるだろう。」
向かい合い、身を寄せてくる千尋の白く、華奢な体を包むように掛け布ごと抱き寄せ、夜目にも艶やかで癖のない黄金色の髪を一房、指に絡めては梳き落とす。掬っては、さらさらと涼やかに指の間を零れ落ちていく絹糸の如き感触を楽しんだ。


「忍人さん…?」
そっと上向いた千尋の瞳に笑みを浮かべ、僅かに覗いたその小さな額に、唇を押し当てるように口付ける。その行動に、腕の中で千尋が擽ったそうに身じろいで、くすくすと、小さな笑い声を上げる。



その声さえも包むように抱き締めて僅かに体重を掛けると、あっさりとその身は後ろに傾き、やがて、見下ろす位置に千尋の面は露になる。枕に扇状に広がった髪をそっと指で梳き流し、指先で頬に掛かった髪を耳の方に流してやる。戸惑うように見上げる瞳と忍人の見下ろす視線が交差する。



「忍人さん、何してるの…?」
じっと見つめてくる忍人の静かな瞳に、無駄に早くなる鼓動を意識しながら千尋は問う。
「何も…。ただ、君を見てる。」
片肘を付き、必要以上に千尋に体重が掛るのを防ぎながら、静かに答える。
「そんなに見つめられると、却って恥ずかしいです…。」
睫毛を伏せるように目を伏せて、千尋は所在無く視線を彷徨わせる。



「ただ、君を見ていたい。夜が明けて、新たな年と共にまた、新しい君に出会うのを、待っている。…そう、言ったら?」
「い、一刻も、この体制で?」
無理です、耐えられそうにありません…と慌てて目を上げ、千尋はふるふると首を振る。その度に、さらさらと涼しげな音を立てて金糸は揺れ、甘い香りがふわりと漂い、忍人の鼻腔を掠める。



「…ああ、考えれば、確かに難しいかも知れないな。」
くすっと小さく笑うと、忍人はゆっくりとその頬に手を伸ばし、線を辿るように掌を滑らせる。それに、ぴくりと反応する千尋の姿に笑みを深くする。
「そ、そうでしょう?忍人さんの腕も疲れるし、私も何だか落ち着きませんし、それに…っ…」



言いかけた千尋の言葉を唇ごと静かに塞ぐ。重ねた唇を深くして、僅かに開いた歯列の隙間からその口内に
忍び込む。喘ぐように漏れた吐息も飲み込んで…。やがて伸ばした腕が、手で指先で、組み敷いた細く華奢な体を、その存在を、確かめるように触れていく。



その温もりと柔らかさが、忍人の理性の壁も境界を緩やかに溶かして行った。求めるものは目の前にある。その動きに一々反応を示す存在が愛おしい。重ねた唇を離すと、くったりと全身の力を抜いて抗わぬ千尋は、静かに忍人を受け入れるように身を任す。
「…初日の出、一緒に見てくれるんでしょう…?」
見上げる瞳が、拗ねた口調が可愛くて、忍人はくすっと笑う。



「勿論…。君がそれを望むなら…。愛しい妻の願いなら、叶えてやりたいと思うのは当然だろう。」
そう告げて、もう一度目の前の温もりに近づいた。微笑んで、それを君が受け入れてくれるだろうか……。




東の空の端にじわり、と暁の光が生じた。やがてその光は点から線になり、瞬きの間を持って放射の光の帯を広げる。そうして天の面は、漆黒から群青へ…速やかに広がる赤き光の放射を反射して、静かに東雲の色へと姿を変える。過ぎ行く夜と、来るべき朝の境界が静かに高き空の上で揺らめいて、世界は今、新しき朝を迎える―――


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