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□花に酔う〜君と見る夢〜
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君は知らない。

君が思うほど、俺は出来た人間ではないし、優れている訳でもない。
そして、優しい訳でも……。



「忍人さんって、本当にいつも冷静ですよね。私も常々見習わないとって思うんですけど…。
すぐに顔に出ちゃうって、那岐にも皆にも言われるんですよ。」
二人で忙しい昼間の執務を終え、千尋に請われるまま、夜の橿原宮の中庭を散歩していた。
最初は渋い顔をした忍人も、結局千尋の願いに折れて宮の外には出ない、と言う約束でこうして今がある。
最近の政務の時の話をしていた時、千尋がそんな話をし始めた。



「意識しているつもりはない。俺にとっては、別に普通だ。」
数歩前を、ひらりひらりと衣装の裾を揺らしながら歩く千尋の背に答える。
「それが凄いですよ。
どうしたら、そういう風に冷静でいられるのか、教えてください。」
くるり、と両手を後ろで組みながら、笑顔で振り向く姿に苦笑する。
いつも冷静な訳ではない。
…こと、君に関しての事ならば…と心の中で告げる。



「君は、そのままで良いんじゃないのか?
現状で、特にそうでなければ執務が流れない訳ではないだろう。」
「まあ、その分皆が支えてくれますし…。でも、
こう…もっとしっかりしないといけないなぁ、ってふとした時とかに思うんです。」
振り向き、忍人の顔を見ながら千尋は困ったように眉を寄せ、ふうっと吐息を漏らす。



「…例えば?」
その様子を腕を組んで見つめながら尋ねる忍人の声に、
千尋はそうですねぇ…と何かを思い出すように頬に指を当て、僅かに上向いて視線を巡らせる。
「例えば…何かをしてる時に、急にもう一つやらなきゃいけない事が出来たとするでしょう?
そしたら、すぐに頭が切り替わらなくって、いつまでに出来ますか?とか返事を催促されると、もう混乱して来たり。あとは…」
幾つかの事例を挙げながら、指折り、一所懸命に話す千尋の話しに、黙って耳を傾ける。
予想以上に多い困惑の事例に、笑みが零れる。



「もう、笑い事じゃないですよ、忍人さん。本当に困る事ばっかりで、大変だったんですから。」
聞いたから、答えているのに!と距離を縮め、
大きな瞳に怒りを込めて、忍人の腕に手を掛けながら訴える千尋の姿に、すまない、と言いながらも、
その時の情景が容易く想像出来て、可笑しかった。



「それは、大変だったな。」
「もう。どっちの事ですか?」
ようやく落ち着いて、そう返せば未だ剣呑な色を漂わせた瞳に睨まれる。
「さあ…。どっちだろうな。君か、君を支える側の者の方か。」
そう答えながら、夜風に乱された千尋の髪を、そっと指で梳き流してやると
ぴくりと反応して、瞳に宿る剣呑さは消え、戸惑ったような色を滲ませる。
その瞳に、ふっと微笑を向ければ、一度瞬いて、千尋もふわりと微笑んだ。



こうして一つ一つの仕草に、素直に反応を見せる君を見ているのは嫌いじゃない。
嫌いじゃないが、こう言う反応を誰にでも返す君の姿を何度も目にする場面がある。
それは、育ての親代わりの男であったり、幼馴染と言うあの少年であったり…。
君を取り巻く人々に、君がどのように接しているのか知っている。



それは君の美徳であり、人としての魅力に所以するのだろうが…。
それを傍らで見せられた時の自分の心に起こる感情を、君は気付いていないのだろう。
俺自身、己にそんな歪んだ黒い感情がある事に最近ようやく気が付いた。



『ふふっ…。その感情の色の名前を教えて差し上げましょうか?忍人。それは……。』
不覚にも、それを指摘し、気付かせた男の、人を食ったような笑顔を思い出す。
君を取り巻き、崇拝する者の中でも、ヤツほど傾倒し切っている者は居ない。
君に対する言動の数々に、どれ程心がざわつき、苛々とさせられた事か。



ヤツの言葉に、行動に、君がどれほど振り回されて示した反応の数々…。
彼らの心にある、君への感情に、思いに、一体どれ位君が気付いているのか…。
無自覚に魅力を振り撒き、無意識に心を素直に広げて見せる君の姿は……。



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