Treasure

□お誕生日にいただきました。家宝です。
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「一筋のヒカリ」


もうやめてくれ。
何度そう思っても、瞳を閉じればそこに映るのは友の倒れる姿。
愛した者と、頼んでもいないのに私すらも守り、貴方は…。
『お前は生きろ』なんて
どんな呪いよりも苦痛でしかありませんよ。
まったく、貴方という人は死して尚、私を苦しめるのですね…。





* 一筋のヒカリ *







古く重い扉が軋む音がした。

ここを訪れる物好きは少ない。
竹簡の古くなった独特の匂いと、日すら満足に当らない部屋。
この書庫は、歴史と共に増えたこの国の歩みを表すように重く、そして息苦しい空間でもあった。
けれど、なぜか自分はここが好きだった。
己の背負っている使命と罪を表すようで、この息苦しくも重い空間が戒めのように感じてならなかったのだ。
だから毎日ここにいた。
罪が拭えるわけではない。
友が生き返る事などないと理解していたが、それでも自分だけ日の光を浴びて…
そう、太陽のようなあの方の傍で幸福になる事など出来なかった。


『柊?』


窺うように、入り口から小さい声が聞こえる。
やはりいらしたのは、貴女だったんですね。
来てはいけないと、宰相殿にも忠言を受けているというのに。
私と貴女は愛し合ってはいけないと、
何度お伝えしても、決して諦めない貴女。
私のこの胸の内を明かせたなら、どんなに幸福でしょう。
貴女の為にも私はここにいるべきではないのかもしれない。
けれど…
ここに、いたいのです。
傍にいる事しか許されなくても
いえ、傍にいる事すら許されなくても…
愛する貴女のお傍に存在したいのです。


ゆっくりと瞼を下ろし、持っていた竹簡を腰掛けている窓辺に畳んで置く。
貴女の小さく、そして愛らしい足音が段々と近づくのを感じながら眠りを演じた。
丁度私の前で足を止めた貴女は、ゆっくりと呼吸を整えるとその愛らしい声を響かせた。


『柊?寝ているの?』


反応などしない。
だから、どうか諦めて貴女のいるべき場所へとお戻りください。
貴女にこの部屋は似合わない。
貴女は光のあたる…
そう、未来ある道を歩むべきなのです。
私と一緒にいてはいけないのですから…。


一歩、そして一歩。
静かに足音を消すように貴女は私から離れていく。
ええ…
それでいいのです、我が君。
貴女の幸福な未来に私は必要ないのですから。
そう、私は…


重い扉の音が聞こえてから、私はゆっくりと瞼を押し上げた。
かすかにあの方の甘い誘惑の香りが残る室内に、笑いが零れる。
ほんの一瞬、訪れただけだというのに、
こんなにも濃く、貴女を印象付けるように存在を残されるのですね。
静かに貴女の香りの残る空気を胸いっぱいに吸い込めば、まるで貴女が近くにいるような感覚さえもして…
私は、本当に末期ですね。
こんなにも恋しい
こんなにも愛しい
貴方を求めて止まないこの気持は、どうすればいいのでしょう?


『やっぱり…起きてたんだ…』


突然響いた声に、ぎくりとした。
声のした方を見れば、手に温かそうな織物の布を持った貴女がいた。


『我が君…』


少しだけ傷ついたような表情をする貴女。
それでも、私に近づいてきて持っていた布を広げて自分の体ごと私を包む。
抱きつくように、私の自由すら奪うように。


『ううん、寝ていたのでも寝ていなかったのでもどっちでもいいの。でもここは寒いから…風邪を引くわ』


私の頭を抱えるようにきつく抱き締める。
貴女の温もりと、布の柔らかさと、そして咽返る様な甘い香りと。
理性が、どんなに駄目だと警告しても貴女に触れたくなる。
ぎりぎりのところで、それを押し留めて
貴女を仰ぐ。


『お願いよ、柊。私が嫌いになったならそれでいいわ。』


今にも泣き出してしまいそうな程、声は震えている。
蒼目に綺麗な泉が出来る。
なんと美しい。
貴女が悲しみで涙を流そうというのに、私はそれを見つめる事しか出来ない。


『けれど、どうか傍にいて…離れていかないで…』


貴女の小さな手が私の頬を覆う。
手に持っていた布はするりと私たちの体から逃げるように落ちて行く。
それでも貴女は気にする様子もなく、私の額に小さくそして白いそれを触れさせる。


『お願い……好き、なの……』


蒼目から綺麗な露が流れる。
至近距離で見るその美しい雫を、私は見つめているだけだった。
白い頬を伝い、そして落ちる。
止まる事のないその雫は、次々と溢れて私を悩ませる。


ああ…
貴女の傍にいてはいけないというのに
これ以上近づけば離れなれなくなるというのに。


私の手は貴女の温もりを求めて動き出す。
私の瞳は、貴女に優しく微笑みかける。
貴女の温もりで私の固い心が溶けるように、
貴女の甘い香りで私が酔ってしまったように。


『我が君…』


貴女を、幸福な未来から引きずり落す私を許してくださいますか?
私と共に、堕ちてくださいますか?


貴女のその輝くような光で私を救ってくださいますか?


動き出した自分の手すらも止められない。
私の体中の全てが、貴方を求める。
触れた白い頬が温かい。
赤い唇が柔らかすぎて、己の欲を全てぶつけてしまいそうになる。
血液が煮えたぎるように、貴女を求める。


『我が君』


抱き寄せてしまったその小さな体をゆっくりと愛しく抱き締めながら
貴女の幸福を祈る。
貴女を貶めるのは我だというのに。


それでも、
私も貴女をお慕いしております。
貴女の中に芽吹く恋心よりも醜く、おぞましい程の執着で貴女を
我が君を愛しています。





End


**********

マリモの森のマユコさまからいただきました。

らぎちひSS。切ないけど想い合う二人の心模様にクラクラです。
そして柊の不幸体質…しかし愛しい。
すごく素敵なお話をいただきましたよ〜。
しかし、勢いのままにばーんと飾ってますが、良かったのかな…?
とちょっと心配にもなりましたが、見せびらかしちゃいますw

マユコさま、ありがとうございました。

2009.04.10 蒼樹
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