Treasure
□指輪の跡
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「ねえ、アシュヴィンは知っているんでしょう? リブは何をしにきたの?」
「…今はまだ、お前が知る必要は無いさ」
重ねて問うた言葉に、しぶしぶといった体でやっと返ってきた返答は、千尋にとって満足のいく答えにはほど遠い。
ムッと膨れた表情で、文句を言おうと再度口を開きかけた、その時。
つかつかと近づいてきたアシュヴィンに、先ほどまでリブに取られていた左手を取られ、その甲にそっと唇を落とされた。
触れた場所から伝わる熱に、千尋の頬にサッと朱が走る。
屈んでいてもなお、千尋の目線よりも高い位置にある瞳でその様を見ていたアシュヴィンは、いつまでも慣れない妻の初な反応にくつりと笑みを洩らした。
その笑声により我に返った千尋は、緩みかけていた瞳に再び険を宿し、些か乱暴な仕草で夫の手を振り払う。
「誤魔化そうとしないで! 今はまだ、だなんて言って、結局は隠し事じゃない…。」
強気な言葉とともに離れた千尋の澄んだ蒼目には、その言葉とは裏腹に光る雫が浮かぶ。
まだ間近と言っていい距離で瞬きと共に頬を伝ったそれを見てしまったアシュヴィンは、とたん常とはかけ離れた子どもみたいな表情で狼狽える。
ちひろ、と弱々しい声で名を呼ばれ視線をあげた少女は、傲慢に笑んでいる事の多い夫の意気消沈した表情に瞳を丸くし、次いで吹き出していた。
「何を笑っているんだ…?」
口元に手を当て、身を曲げて笑み崩れている千尋には、俺が何をしたんだと不安げに瞳を揺らすアシュヴィンに答えを返す術が無い。
千尋に近づく勇気も出せず、足を踏み出しかけては戻して、と葛藤を繰り返すアシュヴィンの元に、笑いすぎて更に溢れていた暖かな雫を拭いつつ、ふら付く足取りで近づいて行く千尋。
触れていいものか分からすに硬直してしまったアシュヴィンの元に辿り着いた千尋は、クスクス笑い続けながら夫の背に腕を回した。
「…そんな子どもみたいな顔、しないでよ。私が悪いみたいじゃない…」
「子ども、みたい…? ふっ…俺はそんなに情けない顔をしてるのか?」
「ええ、してるわ。…ふふ、あの時も、こんな顔してたのかな…」
「あの時、とは何の話だ?」
何事かを思い出し、またもくすりと笑い出した妻の背にようやくおずおすと触れ、金糸を撫でたアシュヴィンを見上げて千尋は楽しげに笑っている。
「私たちが結婚してすぐの、幽宮での喧嘩よ。扉の向こうで、こんな顔してたのかなぁって」
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