Treasure

□不器用と戯れ
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自室を後にしたアシュヴィンは、そのまま、何気なく宮の中を彷徨う様に歩いた。
どこかを目指していたわけではない。
ただ、なんとなく、こっちに千尋がいるような気がしたから赴いたのだ。
千尋の甘い匂いが誘っているかのように香る気がして、歩き続けた。

気がついた時にはアシュヴィンは、普段であれば決して入る事もないであろう、宮の端にまで来ていた。
そして心の中で、こんな所に千尋がいる訳ないのにと己を嘲笑った。

引き返そうと踵を反したとき、すっと風に乗って甘い匂いと焦げたような苦い匂いが漂ってきた。
こんな深夜にと、アシュヴィンは不審に思いながら、近くから明かりの漏れている部屋を除き見た。

その部屋は決して広くなく、また、綺麗でもなかった。
いや、造り的には宮の中という事もあり、それなりの部屋なのだろう。
料理をする為の道具が並ぶその部屋で沢山の粉や砂糖類が散らばるように無造作に置かれている。
そして、その真ん中にいたのだ。


会いたくて探し彷徨う程に求めていた愛しい后が。


アシュヴィンは、すぐにでも駆け寄り、千尋を抱きしめたいと思った。

しかし、千尋はなぜ、こんな部屋にいるのだろう?
なぜ、自分に黙ってこんな作業をこんな時間までしているのだろう?
色々な疑問が浮かぶ中、アシュヴィンは千尋のその真剣な眼差しに気がついた。
千尋の一生懸命な姿に、きっと見なかったことにした方がよいのだろうと、思った。
焦げた匂いはきっとあの火にかけてある丸い筒状の物からするのであろう。
そして、この甘い匂いは、きっと千尋が一生懸命かき混ぜている白い泡のようなものからするのであろう。

何をしているのかは、解らないが、そんな后の姿に微笑みながらその場を去ろうとした時・・・。




ドンッ

『きゃ』




爆発するような音と共に千尋の小さい悲鳴が聞こえた。

『千尋!』

アシュヴィンは去ろうとしていたことも忘れて、その部屋に飛び入った。
視界はどういうわけか真っ白で何も見えなかったが、千尋の匂いだけを頼りに腕を引き、自分の腕の中に抱えた。
勢いあまって倒れるような状態になってしまったが、それでも千尋だけは怪我させぬ様にきつく抱きしめて・・・。




コンッ




何かが頭の上に落ちてきたが、それを気にせず千尋を強く抱きしめた。

やがて、真っ白だった視界が何とか見えるようになると、自分に起こっていた事態に唖然となった。

『なんだ?これは?』

アシュヴィンは自分の頭の上に落ちてきた白い泡のようなものを触りながら腕の中の千尋をみた。
千尋も同じような被害状況で頬や肩、そして足にまでべっとりとその泡がついていた。

『アシュっ!どうしてここに…!』

目の前に現れたアシュヴィンに驚きながらも、アシュヴィンの問いには答えにくいのか、上目遣いでちらっとこちらを見たかと思えば、すぐ視線を彷徨わせるような仕草をする。
その白い頬を桜色に染め、小さな赤い唇を振るわせるように・・・。

『甘い匂いはこれからか?』

部屋中に充満している焦げた匂いと甘ったるい匂い。
その甘い方の匂いがこの白い泡でいいのだろうか、と千尋に確認した。

千尋は答えない。

代わりに目に涙を浮かべはじめた。

そんな千尋を見ながら、アシュヴィンは己の中に浮かぶ欲から、妻のそんな顔をもっと見たいと思った。
優しくしたいのに、気がつかないふりをしてやりたいのに。

きっと酒が残っているのだろう、そう自分に言い聞かせながらアシュヴィンは続けた。


ぺろ


アシュヴィンはわざと千尋の目の前で自分の指についたこの泡を舐めた。
できるだけ、ゆっくり、千尋に見せるように。

『やはり、甘いな。』

そしてアシュヴィンは、千尋の手についている泡も舐め始めた。

『アシュ!私についた分は自分でなんとかするから!』

案の定、そんなアシュヴィンの行動に恥らう千尋は慌てて離れようとしたが、アシュヴィンがそれを許すはずもなかった。

『ならば、ここで何をしていたのか、言え。昼間から俺に姿も見せず、お前はこんな所に籠もって。』

責めるような言葉とは裏腹にその泡を舐める行為は酷く優しく、千尋の涙を慰めるようなものだった。
そんなアシュヴィンの行為に千尋は、ぼうっとしながら、頬を染めて話し始めた。

『アシュの誕生日だから、私、ケーキを作ろうと思って。』

涙をこれでもかと零しながら千尋は話し始めた。
なんでも千尋がいた世界では、生まれた日にそのケーキというものでお祝いをするらしい。
それは柔らかくて、甘くて、白い菓子らしい。
そしてその為の材料をリブに無理を言って用意してもらったという事。
そんな千尋の説明を聞きながらアシュヴィンは、火にかかっていたその焦げ臭い物体をつついた。

『堅いぞ?』

そんなアシュヴィンの一言に千尋は再び瞼に涙を溜めてアシュヴィンに背中を向けた。

『どうせ、私は不器用だもの。でも、でも、アシュの為に作りたかったの。』

最後の方は、力なく呟くように言う千尋。
嗚咽を漏らしながら涙する自分の后をそっと抱きしめながらアシュヴィンは千尋にありがとう、と囁いた。
その気持ちだけで嬉しい。

忘れていた自分の誕生日を、こうやって最愛の妻が祝ってくれる。
たとえ、それが失敗でも、そんな事は関係ないと思った。


その気持ちだけで十分。


そして、アシュヴィンはいつまでも泣き止まない后に、ちょっとした戯れを仕掛けた。


ぺろっ


ぴくっと動く千尋の背中を見ながらアシュヴィンは、にやりと笑いながら首筋に唇を添わせた。
そのまま、白い泡のある方向に舌を動かしながら時々吸い付くように首に痕まで残した。

『アシュっ、何してるの!?』

案の定、真面目な千尋は、その行動を咎めるようにアシュヴィンの行動を辞めさせようとした。
しかし、そんなことで辞めるアシュヴィンではない。
今日一日千尋に会えなかった寂しさも含めるように、肌を彷徨う唇を離すことなく千尋に話しかけた。

『その、けーき、とやらは、柔らかくて、甘くて、白いものなんだろう?』

夫の、そんな何かを含むような言葉に、千尋はカッと身体が熱くなるのを感じながらアシュヴィンから離れた。
いや、離れたつもりだった。
もちろんそれを許すアシュヴィンではない。

『今のお前も十分柔らかくて、白くて、甘いのだが?』

わざと耳元で囁くように話しかけながら・・・。

『食っても?いや、食わせてくれるんだろう?千尋?』

千尋が弱い、甘く囁くような声で言葉を紡げば、あっさりと千尋は力を抜く。
そんな千尋に愛しさを込めて微笑みながらアシュヴィンは千尋を横抱きにして台の上に千尋を座らせた。


『アシュ、こんな所じゃ…』

俺の奥方は恥ずかしがりやだ。
アシュヴィンは、そう思いながらその唇を塞いだ。

国の皇であるアシュヴィンとその后である千尋がどこで愛を確かめ合おうと、とやかく言う者などいないのに。

『しかし、その姿で部屋まで移動するわけにはいくまい?』

千尋は周りからの目を気にする。
自分が元敵国の姫だということを未だに引きずり、年老いた文官達の陰口を気にする。
今の千尋の格好で回廊を歩けばどんな噂が立つかなど一目瞭然だった。
まぁ、そんな噂も黙らせる事などアシュヴィンにとっては、わけないのだが…。

しかし今の千尋にはこれほど効果的な言葉はないだろう。

目に涙を溜めながら考えるその姿も愛しくてたまらないのだが…。
もっと別の顔が見たいと願うのは、きっとお前に狂うほど惚れているからだ。
アシュヴィンは、そう思いながら千尋の身体を押し倒した。

『・・・そんな顔したお前を歩かせる訳にはいかないな。』

『え?』

『いや、なんでもないさ。』

そうして、2人は、やっと訪れた2人だけの時間を、明け方まで過ごしたそうな・・・。

焦げ臭い部屋で、千尋の不器用な愛に包まれながら。

甘い泡と、甘い千尋に祝福されて・・・。











ああ!殿下!!
お誕生日、おめでとうございます(>_<)
えろ目線で書くつもりはこれっぽっちもないのですが、なぜか、こんなお話に(^_^;)

殿下が殿下だからですね。
本当に姫大好きってことで、こうなりました。

えーと、本当に殿下、おめでとうございます!




2009.1.19マユコ

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「マリモの森」マユコ様宅より頂いて参りました。何と言うか、殿下の愛妻っぷりにあてられてしまいます。
幸せそうな二人に拍手です。
マユコ様、ありがとうございました。
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