Treasure

□光に続く、それぞれの道
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――千尋、あなたの事なら、俺がなんでも引き受けてあげたい。俺ができる、全てを、…あなたの望む物の為に。



「うう、お腹が痛い…」
すっかり油断していた。
前の世界にいた時はこんな風にはならなかった。
生理痛だ。
こちらに来てから…だんだん酷くなってきて、今月は、動くのも辛い。
「どうしよう…」
こういう時はどうしようか…。
こんな様子でウロウロしていたら、理由を問われるだろう。
だからと言って、黙って自室にこもっていても、放っておいてくれそうにない。皆、心配性だから。
どうしたらいいだろう。



「千尋ちゃん、どないしたん?」
千尋は必死で考え、布都彦に頼んで、夕霧を呼んでもらったのだ。
「なるほど…みんなに言いにくかったんやね」
「うん…」
「じゃあ、柊さんや風早さんも心配してるから、うまいこと言うておくよ?ゆっくり休み?」
千尋は、いくらか青い顔で頷くと、ほっとしたように息をついた。
そして、いかにも重そうに体を横たえた。
――さて、うまいこと、と言ってもどうしようか?
あの過保護な保護者達。
心配されるのは当人にとっても、幸せな事だけれど、さりげなく放っておいてくれた方がいい事もあるのだ。
それを、あの人達ときたら、まるでお母さんのようだ。
夕霧は少し、微笑ましく思った。



「千尋が具合が悪いのに俺に言えないなんて!
それほど具合が悪いってことじゃないの!?
布都彦、どういう事なんだい!」
「風早、そのような理屈を彼に押し付けても仕方ないでしょう」
千尋が布都彦に人払いを頼んだ事で、千尋の自室に続く回廊では、一騒動起きていた。
当然のごとく…風早と柊が布都彦を捕まえて、問い正したのだ。
「君にそんな事言われたくないね」
「我が君に依存している貴方が何を言うんですか。私だって、私にも話して下さらない事を思って、胸が潰れそうですよ」
「何だって、この変質者のくせに」
「子煩悩男が何を言うんですか」
バチバチっと睨み合う。
既に、質問の相手であったはずの布都彦は目に入っていない。
辺りの空気はどんどん低下してゆく。
千尋の事を心配しているはずが、だだの喧嘩になっている事には、気付いていない。
布都彦は既に青くなって硬直していた。
「千尋ちゃんが心配なら、もうちょっとそれらしくしたらどうなん?」
「夕霧…!」
千尋の自室から出て来た夕霧が、予想通りの騒ぎに呆れて寄って来る。
いつも柔らかい表情を崩さない夕霧だが、さすがに眉をひそめて二人を睨み付ける。
「少しゆっくりさせてやってな。
そうしないと千尋ちゃんに嫌われてしまいますえ」
ちくり。
恐らく二人に一番効果のあるだろう言葉を然り気無く使って釘をさす。
千尋に薬湯でも持って行こうと、この二人をほっぽって厨房へ向かう。
心配する気持ちはわかるのだが。
しかし、心配はいらない、とも言えないし、あの二人が納得するように説明してやることも…取り敢えずはできそうにない。
どうしたものだろうか。
――愛されてるね、千尋ちゃん。
さて、ともかく。
暖かいものでも持って行くことにしよう。



夕霧に釘をさされた風早と柊は、幾分悄然としながら、堅庭へ出た。
万が一にも千尋に聞かれないようにしよう…という理性はあったらしい。
だが、相変わらず何かズレた喧嘩をしていた。
「柊。俺は千尋の従者ですよ。千尋のことは何でも把握しておく義務があります」
「おや、そうですか。つまり、ただの従者には言えないような事なのでしょうね」
「…!柊!君、まさか心当たりでもあるんじゃないだろうね」
「…は?」
「ま、まさか君、千尋に手でも出したんじゃないだろうね」
「…なんて事言うんです。回りが見えてないのも程があるでしょう!」
とうとう、一触即発。
距離を詰めて睨み合ったところに、無理矢理割って入った、紺色の腕。
「お前たち、いい加減にしろ!」
「…っ、忍人…」
「二の姫に休養を取ってもらうのが先決だろう。なのにお前達は何を争ってる」たしなめられた二人はさすがに黙り込む。
しかし、まるで子供の喧嘩のようにそっぽを向く。
この兄弟子は。
忍人は馬鹿馬鹿しいような気分になってくる。
普段は、どちらかと言えば、温厚な二人だ。
良くも悪くも。
だが、たまにこうして、くだらんとしか言いようのないことで、言い争う事がある。
その姿は、普段自分を子供扱いする以上に、子供っぽいのだが。
原因は言うべくもない。
「お前達が喧嘩をしたところで、二の姫が回復する訳ではあるまい。
少し頭を冷やせ。お前達がその調子では、二の姫も気が気ではないだろう」
それだけ言うと、とっとと二人に背を向けて歩き出す。
自分はこのような仲裁には向いてないのだ!
忍人は、自分がカッとしやすいという事を自覚せざるを得ない。
あの二人に、正論を怒鳴り付けたところで、効き目がある訳がない。
口では勝てないのだから。
自分まで喧嘩になってしまう…!
忍人はあの二人を前に珍しく冷静に分析する自分を不思議にも思う。
だが、何故だろうか。
いつも飄々としている兄弟子の…、昔とは違う瞳に気付いてしまったからだろうか。
――それこそ、馬鹿馬鹿しい。
俺が、あいつに助け船を出してやるなど。
忍人は、自分よりも、この場を納めるに向いた、もう一人の兄弟子を探して歩いた。

――二の姫。君の望む道は何処へ続いているだろう。剣を振るう事によってしか生きられぬ俺が、その道を切り開くから。


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