Treasure

□指輪の跡
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永遠を誓った二人のお題 04
お題配布元:恋したくなるお題様


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あの世界にいた時には、傷一つなかった手。

姉姫から受け継いだ弓を引いて戦うことを選んだ日から、その手には恒常的な胼胝が絶えず、野戦ばかりの日々で生傷も無くなることはなかった。

戦場に立つ者の手だ。


よもや自分がそんな立場になるなんて、考えもしていなかった…けれど。

愛する人と並び立ち、守るべきものを守って戦ったことは、どこか爽快だった。


平和を取り戻した今も、有事の際に彼の足手まといにならないようにと、千尋は毎日弓を握っている。

荒れた手を見ながら薄く笑った千尋の耳に、誰かが部屋の戸を開け、そして閉める音がぱたんと届いた。

この部屋に…皇と皇妃の私室に、何の断りもなく入ってこられる人物を、千尋は自身の他に1人しか知らない。


「お帰りなさい、アシュ…あれ?」

座していた長椅子から立ち上がり、ふわりと微笑んで振り向いた千尋の視界に映ったのは、予想通りの彼女の夫と…もう1人。


気まずそうに頬を掻きながら、それでも遠慮なく主に付き従うリブは、どこか疲れた様子で。

何故だか少し機嫌の悪い風情なアシュヴィンに視線で示されるまま、困惑顔の千尋の前にたつと、リブはその肩に手をかけてそっと少女を元の場所に座らせた。


「千尋様、お手を失礼致しますね」

そう言って千尋の左手を取り、地に膝を付いた姿勢で素早く何かをしているその手元は、彼女自身からはよく見えない。

「リブ、何を…」

しているの、と千尋が訊くよりも早く、つかの間の時で作業を終えたらしいリブはすっくと立ち上がる。


何やらむず痒い感触の残る自身の手に戸惑いを隠せない千尋の目の前で、かの従者は右手に握った細い何かをずれない様に押さえながら、主君夫妻に慇懃な礼をした。

アシュヴィンから早く去ねとばかりにぱたぱたと追い払われるような仕草をされ、つい笑みを零したリブには更に責めるような眼光が注がれていく。

慌てて笑みを押し隠したリブは、口早に退出の言の葉を口にすると、そのままそそくさと部屋を出て行った。


「…なんだったの、今の……?」

扉が閉まるのとほとんど時を同じくして落ちた千尋の呟きに、答える声は無い。

静まり返った部屋の中には、ただ、アシュヴィンのたてる衣擦れの音と、灯火の芯が燃える音が微かに響くだけだ。


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