Treasure

□肺の奥まで侵してみせよう
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肺の奥まで侵してみせよう


『君を想う7つのお題-けもの道編2-』TV様より










まだ朝日も昇らぬ早朝の事。


部屋の隅に灯された明かりが、時折僅かに揺らめきつつ、薄暗い室内を仄かに照らし出す。


一人まどろみの中から意識を浮上させた千尋は、うっすらと開けた目の先に映る、愛しい男の寝顔に気付き、ひっそりと微笑んだ。


そして相方を起こさないように小さく欠伸をして、枕の下に手を伸ばす。


探すまでもなく、目的のものは直ぐに見付かった。


というのも、今日彼が目覚めて一番に渡そうと思って、昨夜の内に密かに忍ばせていたからだ。


愛しい人の誕生日を最初に祝うのは、他でもない自分自身でありたい。


そんな可愛い乙女心から出た小さな謀。


いくら結婚したとはいえ、彼女はまだ年端も行かぬ一人の少女。


好きな男性を思い、相手は何が欲しいだろうか、あれはどうだろう、これはどうだろうと考えを巡らせていた姿は、一国の皇妃として次々と舞い込む執務を的確にこなしているとは思えぬ程、村娘のように初々しい、恋する乙女そのものだった。


けれど彼はこの国の最高権力者。


今更欲しいものがあるならば自分で手に入れているだろうし、何かを欲しいと言っているなんて話を耳にした事もない。


悩みに悩んだ末、誕生日前日まで来てしまった所に訪れたのは異国の商人。


数ある交易品の内、その色を目にした瞬間惹き付けられた。


柘榴のように色気があり、燃え盛る焔の如く力強い。


朝日の如く激しく、夕焼けのように深い。


正に彼ぴったりの色合いで、一も二もなく引き取った。


絹で出来ているそれは艶やかで、光の角度をずらせばきらりと輝く。


そんな所も、高貴な彼らしいと思った。


さて、そこまで考えた所でちらりと隣を伺ったけれど、赤い瞳は堅く閉じられ、一向に起きる節がない。


それは自分に対して安心してくれているという事で、勿論胸を擽られるような嬉しさはある。


彼は誰にでも気安い態度でいるから時々誤解してしまうが、時折見せる人を喰ったような微笑は、彼が心許している者はそうそういないという証拠でもあった。


彼は強い人だ。


けれどそれは、そうならざるを得ない理由があった訳で。


以前遠夜に聞いた彼の凄惨な過去を考えると、心臓が鷲掴みされたように胸が苦しくなる。


確固とした信念を胸に秘め、それに仇なすものと判断すれば、いくら血族といえど容赦はしない。


―けれど自分は見てしまった。


父に、兄に反旗を翻すと決心した時に、ほんの一瞬だけ、彼の赤い瞳が悲しみに暗く滲んだ事を。


次に目を開いた時には、いつもの余裕の笑みで冷静に計画に加わっていたから、見間違えとも思った。


でも、いくら冷静そうな振りをしていたって、彼だって一人の人間だ。


肉親を追い込むような真似をして、辛くない訳がない。


そのような感情を表に出さず、全て自らの中で決着を付け、割り切ったような顔をする。


そんな彼だからこそ、この人にとって自分は癒やしの場でありたいと、そう強く願った。


彼の無防備な寝顔は、己のそんな切なる願いが聞き届けられたようで嬉しかった。
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