小説

□留守番
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「おっせぇなー…」

ソファでゴロゴロ、ベッドでゴロゴロ。鰐島咢は只今恋人宇童アキラの自宅でお留守番中である。






べヒーモス戦で敗北したアキラは○風へと帰順した。今ではもう共に働く事はないけれど、共に働いていた当時よりも頻繁に逢うようになり今ではアキラの部屋に入り浸り状態、所謂同棲生活をしている。そして今日は珍しく二人の休日が被った貴重な日であった。特にすることはなかったので二人そろって朝寝坊し、布団の中でのんびりと他愛のない会話をしていた時だった。アキラの枕元から魔の着信音が鳴り響いたのだ。室長鰐島海人様だけに設定された某人食い鮫のテーマ曲。ため息をついた部下が仕方なく携帯に手を伸ばすも咢がそれを制止する。

「出なくていいって、めったにない休みなんだろ?」

「そうだけど…でも電話を無視するわけには…」

「出るな、あんなクソ兄貴ほっときゃいい」

「咢にとったら兄貴だけど、オレにとっては上司だからな」

困ったように笑いながら咢の頭をぽんぽんと撫でると携帯電話をとり通話ボタンを押す。不服そうにそれを眺める咢は恐らく憎い兄に連れ出されてしまうであろうアキラの腕にぎゅっと抱きつき、携帯に向かって「ファック」と呟いた。

「もしもし、おはようございます」

『あァン?おはようだぁ?何時だと思ってんだ、もう昼だぞウンコクズ』

「はぁ…休日なんで朝寝坊を…」

『くせぇこと言ってんな、隣に腰が痛ェとか言ってる女でもいるんじゃねーのか?』

からかっているつもりの上司だが、その実図星であるのだから苦笑をせざるを得ない。そんな上司の冗談から始まった会話はすぐに本題へと戻され、電話は手短に終わった。携帯電話を切ったアキラは布団の上に携帯を放り投げ軽く伸びをし、その次にはどんよりとしたため息を漏らす。その様子を見て、休日がなくなってしまったことを察した咢は下唇を噛み布団の中へすっぽりと潜ってしまった。それを見たアキラはどうしたものかと髪をくしゃくしゃと掻いてから自分も布団の中に潜り込み咢をぎゅっと抱き締めた。

「咢、緊急招集だって。お偉いさんが殉職しちゃってさ…」

「…休日返上で葬式か、洒落になんねーな」

「一人で留守番できる?」

「ファック、……毎日お前が帰ってくるまで留守番してんだろ」

「咢…」

相手の言葉に面食らったアキラは咢の髪をくしゃっと撫でてから「ごめん」と耳元で囁く。毎日一緒にいるのであまり考えたりはしなかったが、咢はいつも一人でいるには広すぎるこの部屋でずっとオレの帰りを待っていてくれているのだ。寂しがりやの咢が「寂しい」と言うこともなくいつも笑顔でアキラに「ただいま」と言ってくれている。半ばそれが当たり前になっていた自分が流石に不甲斐ないと思った。待っていてもらっている自分は待っている側の咢の気持ちに気づけなかった。
しかし、しばらくしてからアキラの腕に甘い痺れが走り、ふと目の前の少年に目を向ければそこにはいつもアキラを出迎えてくれる笑顔があった。腕には赤い歯形がついていた。

「待つのって結構つらいんだぞ。いつもより少し遅いと事故にでもあったのか…とか、大変な事件に巻き込まれたのか…とか」

「…うん」

「もしかしたら、あれが最後のいってきますだったのか、とか、あれが最後の好きだよだったのか、とか…」

「…うん」

「一人だとなんかいろいろ考えちまってさ。…でも仕事だし、仕方がねーよな。…今日も待ってる」

どうしようもなく愛しく思える咢の唇に触れるだけの優しい口付けをすると、いつも首につけているネックレスを咢の首につけてやった。不意に感じたアクセサリーの感触に首を傾げた咢は首元に手を滑らせる。手で握ったクロスにいつもアキラガ身に着けているものだとわかると柔らかい笑みを浮かべてアキラを見上げた。

「咢のおかげて毎日頑張れてるんだな、オレ。わかってたけど、今日もっとわかった」

「そうだ、もっともっと感謝しろファッキンバカ。こんな仕事漬けの奴いつまでも待つ人間なんてオレくらいだ」

「ほんとだな」

「別に一人で待つのが嫌なんじゃないんだ。ちょっと…不安になるだけ」

「うん」

「だから、絶対に帰ってくるって約束な?」

そう言った咢はアキラよりも細くて小さな小指を突き出し指切りを求めた。可愛らしい要求に小さく笑うとアキラは深く頷いてから咢の小指に自分の小指を絡め指切りを歌う。「針千本飲ます」は咢によって「アキラを道にする」に変えられていた。


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